ハーバード留学/研究員記録

純国産(純ドメ)の日本男児。 総合商社でアメリカ、中国の投資の仕事をしてきた後、 ビジネスと政治経済の融合を目指してハーバード大学ケネディスクール(Harvard Kennedy School)に留学。 修士課程を卒業した後、現在は同大学の研究員として中国にて現地調査中。 アメリカや中国で感じることについて書いていきます。

「中国」という魔法の言葉

ハーバードビジネススクール(通称HBS)の国際戦略経営論(Jordan Siegel教授)では、急成長する東アジアのポップミュージックをテーマとした授業が行われた。教授自身が徹底的に分析したと断言するだけあり、日本人である自分の目で見ても相当充実した内容であった。 

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戦後の東アジアのポップカルチャーの歴史として、坂本九のスキヤキソング(上を向いて歩こう)から始まり、安室奈美恵、浜崎あゆみ、モーニング娘や、KARA、少女時代、江南スタイル等、代表的な東アジアのポップミュージックが紹介され、世界的な興行成績のデータを基に、その成功や失敗の要因について議論をする。
 
印象的であったのは、国内では高い人気を誇りながらも欧米市場で全く通用しなかった流行歌の数々が、事前に想像していた以上に「完成度の低い欧米のマネ」とされて著しく評価が低かった点であった。

授業中スクリーンに非常に有名な某日本のポップ歌手が黒人と一緒に「黒人っぽい、アメリカっぽい」歌をアフロヘア―で上機嫌で口ずさむプロモーションビデオが映し出された。無論、教授はバカにすることを目的として放映している訳ではないのであるが、かつてないほどの失笑がクラスの中から聞かれた。
 
隣のアメリカ人のクラスメートは、「ウソでしょ?本当にこういう歌手が日本にいるの?有り得ない。」と耳打ちしてきた。あまりにいたたまれず、「昔は、結構人気があった、かも。」と答えておいた。同様の例として別の日本の女性歌手が出された。ネイティブのような帰国子女英語で日本では一時代を築いた彼女。その後アメリカでもデビューしてネイティブに向かって歌う日本の歌姫。やはりアメリカ人の反応はいまいちであった。どちらも日本では人気のある歌手だったので、これは自分にとってショックな出来事であった。 
 
一方で、スキヤキソングに始まり、江南スタイルに至る世界的に成功した東アジアのポップミュージックは、ある種の開き直りを感じる歌ばかりだった。あまり知られていないアメリカでヒットした日本のバンドに「少年ナイフ」という大阪のOLが結成したコミック・バンドがいるが、日本人のほとんどが知らない、あるいは歌を聞いても、恐らく格好良いと感じないであろうバンドが、欧米市場で人気を勝ち得た数少ない東アジアのポップカルチャーとして紹介されていた。これらの歌手は皆、アジア的であることを堂々と開き直っている。

これまでアジアの歌手という時点で、ブリトニースピアーズと人気ランキングを争う対象ではなく、あくまで主食に対する珍味としての位置付けであったと思う。なぜ国際戦略経営論で、日本人にとってすら認知度が低いOLバンドを議論しているのか、誰もが思った矢先、教授の一言で参加学生の目の色が変わった。
  
「今見てきた日本と韓国のポップスは、世界最大の市場である中国本土において急速に支持を広げている、急成長産業である。とりわけ韓国のポップカルチャーの広がりは特筆に値する。 」 
 
「中国市場」はHBSにおいてマジックワードである。人口13億人の中国でトップになることは、世界のトップに立つことに等しい。極東の文化に何の興味も示さなかったアメリカ人学生 も、ビジネスを専攻している以上、「中国で急拡大≒世界で急拡大」のトレンドを見逃すことは、国際ビジネスを語る資格を失う恐怖感に駆られる。俄然前のめりに議論に参加することになる。 
 
なぜ中国に日本と韓国のポップカルチャーが流入するかと言えば、中国にポップカルチャーが少なくとも商業的に確立されていないことに起因すると講義の中で整理されている。ハードパワーにおいて世界に台頭する超大国である中国は、ケネディスクールのジョセフ・ナイ教授が指摘する通り、文化のようなソフトパワーにおいては、大きく隣国に劣後しているため、ポップカルチャーにおいて「中国単独市場」ではなく、補完的に「東アジア共通市場」が形成されていると分析できる。 

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 世界最大の市場である東アジア市場で支持を得たポップカルチャーは、日本人アーティストを嘲笑したアメリカ人達も無視することはできない「世界最大のマーケットシェア」を誇るポップカルチャーということになる。 
 
冷戦崩壊後20年以上に渡り、アメリカは唯一の圧倒的なパワーハウスであり、ハードパワー、ソフトパワー両面で世界の指導的立場を堅持してきた。中国の台頭はあらゆる面で、アメリカの世界戦略に番狂わせを起こしている。アメリカの世界のリーダーとしての地位が相対的に低下する中で、ハードパワー、ソフトパワー両面で、東アジアへのパワーシフトが起こっている。
 
こうした世界情勢の変化は、「日本政府」にとっては極めて厳しいものとなる。中国の強気姿勢のプレッシャーに加えて、アメリカの内向化は、外交/安全保障のコストを釣り上げることが予想される。これまで想定したこともなかったような調整コストや、不測の事態に備えた独自のリスクマネジメントが日本政府には要求されることになり、国力衰退トレンドにある中でのコスト増は、更に日本政府の体力を削ぐことになるだろう。
 
但し、大きな歴史の流れを見極めた政府や企業にとっては新しいパワーバランスはチャンスになり得る。日本や韓国のポップスはそのひとつになるポテンシャルを持っている。かつてアメリカ人のマネをするだけだった存在から、自分達のホームグラウンドである東アジアへのパワーシフトを捉えて、世界のパワーハウスになることができるチャンスがあると考えれば、リスクをチャンスに転換できる。