ハーバード留学/研究員記録

純国産(純ドメ)の日本男児。 総合商社でアメリカ、中国の投資の仕事をしてきた後、 ビジネスと政治経済の融合を目指してハーバード大学ケネディスクール(Harvard Kennedy School)に留学。 修士課程を卒業した後、現在は同大学の研究員として中国にて現地調査中。 アメリカや中国で感じることについて書いていきます。

ノウハウよりもKnow-who

 

中国ビジネスで負けないための戦略は何か?」1月末、Doing Business in Chinaと呼ばれるハーバードで唯一中国ビジネスを正面から取り扱う授業の初回講義で、ハーバードビジネススクールの担当教官であるWilliam Kirby教授は学生に問い掛けた。

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カービー教授は温家宝総理とも親交があるハーバードの中国専門家の大御所の一人。そのメインの授業である当該講義には、30人程の参加学生の内、見たところ中国系と思われる学生が7割程度、その他地域の学生が残り3割を占める形で参加しており、HBS(ビジネススクール)の2年生がその大半を占めている。日本人は自分ひとりだけが履修している。
 
緊張感に包まれる初回講義の空気感の中で、ひとりの白人の学生が答えた。「中国人の文化を理解して、度々変更される法律に機動的に対処し、充分なリスクマネジメントの体制を構築することだと思います。」
 
教授は思わしくない表情を示し、他の学生の発言を促す。何人かが“もっともらしい”中国ビジネスへの戦略論を発言したが、どれも教授の歓心を買うことができない。自分も含めて多くの学生は、ビジネススクールが教える「戦略ノウハウ」の中に教授を満足させる模範解答があると考えていた。そんな中、ひとりの中国系の学生が発言をした。「中国政府の中に友達を作ることです。」
 
 
カービー教授は深く頷き、「そう、政府人脈はもちろん極めて重要であり、とにかく中国ビジネスにおいては人脈を確保することが最も有効な戦略であり、リスクマネジメントだ。」と答えた。「重要なことは、方法論を知っているノウハウもさることながら、キーマンを抑えているKnow-whoである」、と。
 
Doing Business in Chinaを初めとして、多くのHBSの授業の最近の特徴は、東アジアを今後のグローバル・ビジネスの主戦場として位置付けていることであり、また当該地域においてはアメリカ流戦略論のフレームワークが、そのままの状態では機能しないということを暗黙の前提としていることである。
 
MBAを初めとしたアメリカのプロフェッショナル・スクールが、これまで世界中でマネジメントの教科書として位置付けられ、多くの留学生を惹き付けてきたのは、アメリカ式の体系化されたフレームワークを確立してきたであるからと思う。授業料収入に加えて寄付金収入との好循環も見逃せない。戦略コンサルティングファームや、投資銀行、投資ファンド等、このフレームワークを敷衍したビジネスモデルで収益を上げることで、出身スクールに多くの寄付金を行い、更にスクールのプレステージを上げるという好循環を生み出してきた。
 
90年代、2000年代の日本は、良くも悪くもこうしたビジネスモデルの草刈り場になっていたように思う。コンサルティングファームや投資銀行が、学生や若手社員の人気就職(転職)先として一般化したのも時期的に符合する。実際にアメリカ流のフレームワークは、非常に洗練されており、パワーポイント資料に纏められた際には、非常に美しいエレガントさを持っていたと思う。
 
そのビジネスモデルは岐路に立たされていると感じる。
 
最大の要因は「ノウハウのコモディティ化」ではないだろうか。今日においては、ノウハウだけであれば必ずしもアメリカまでわざわざ留学に来なくとも、あるいは高収入のコンサルタントを起用しなくとも、数千円出せば「グロービスMBAシリーズ」は購入できる。
 
またそもそも複雑化した経営課題をシンプルに纏めるノウハウが中心であったこともあり、内容自体はロケットの弾道計算や、デリバティブの価格計算微分方程式のように難解なものではなく、やる気になれば通勤時間に斜め読みすれば、要点は掴めるレベルのものが多い。
 
従って、ハーバードではケースメソッドによるフレームワーク教育はコアの競争力として維持しつつ、更なる「付加」価値として模索されているものが、「ダイバーシティ・マネジメント」と、「イノベーション・マネジメント」であると感じる。
 
かつて一世を風靡した戦略論の大家マイケル・ポーター教授は未だにハーバードで教壇に立っているが、学校全体としては大御所の成功体験に依存するのではなく、新たなフロンティアを開拓する精神に溢れており、こうした健全な新陳代謝が競争力維持のためのカギを握っている。
 
前述のDoing Business in Chinaを初めとして多くの授業は、このダイバーシティ・マネジメントを対象としており、特に新興市場、東アジア、中国でのビジネス展開、あるいはマネジメント課題をメインのテーマとしている。アジア人を含めた多様性のある経営体を如何にマネジメントしていくかという問題は、欧米の経営者にとって大いなる取り組み課題であり、こうした新しいチャレンジに対して、一旦はこれまでのフレームワークを一歩後退させる謙虚さを持って取り組んでいるように感じる。
 
ダイバーシティ・マネジメントの題材として有名なケースは、国際戦略経営論で取り扱われたダイムラー・クライスラーの合併と、日産ルノーの提携の比較である。前者は失敗例、後者は成功例としてその要因をクラスで議論する。
 
「なぜカルロス・ゴーンが日本人に受け入れられ、事前の予想を遥かに超えるパフォーマンスを出すことができたのか?」、「その背景となった日本人の文化やメンタリティは何か?」、「同じ戦略を中国やインド等の他のアジア地域でも横展開することができるのか?」
 
こういった議論を行う際に、小奇麗なアメリカ流のフレームワークの資料の枠の中に押し込めることは本質を見誤るという冷静な認識からスタートしている。従って授業の中では、「アメリカ人が好む成果主義はユニバーサルな価値観か?」、「日本を初めとした平等主義者が多い地域では、アメリカ的成果主義をコピーすべきか、マイナーチェンジすべきか、郷に入れば郷に従うべきか?」といった文化論的な議論に取り組むことになる。
 
前述のカービー教授が中国ビジネスにおいて「ノウハウではなく、Know-who」と強調したのも、人脈の重要性を強調しているだけではなく、それと共に重要なスタンスを語っている。
 
つまり自由で公正を国是とするアメリカ的フレームワーク、アメリカ的価値観でアジアでのマネジメントを語るのではなく、一旦はそういった前提を忘れて、ゼロ・スクラッチから文化や歴史、価値観を学び、そういったコンテキストを「与えられた前提」として受け入れて、最善の戦略を考えなければ成功することはできないという冷静な分析に基づいている。
 
中国ビジネス論の授業は、カービー教授の専門が本来中国史であることもあり、19世紀中盤のアヘン戦争で清国がイギリスに敗北した時点から、辛亥革命日中戦争国共内戦文化大革命を経て、鄧小平の改革開放政策に至る歴史をレビューするところから始まる。歴史を学ぶことで、今日の中国人のメンタリティや意思決定プロセスがどのように形成されたのかについて議論を深めていきながら、具体的なケースに取り組んでいくという方式を採っている。
 
もちろん「国民性」とは全ての人に当てはまるものではなく、個性の差の方が大きい場合もしばしばあるものの、集団としての文化的共通性はマネジメントのヒントになることは間違いない。同じ歴史を経験した人々に共通の原体験を探ることで、こうしたヒントを得ることを意図している。
 
例えば、「人脈」についての中国人的思考方法について、戦間期の映画を参加学生で見る機会があった。国共内戦日中戦争が同時に起こっている時期の映画であり、登場する中国人家族は信頼できる人脈を頼りながら、必死でビジネスを守り、時に家族は海外を含めて離散することを余儀なくされながらも、将来再び結集することを誓ってそれぞれ別の行き先の船に乗って生き残りを賭ける。
 
カービー教授が問う。「南北戦争以降、一度も本土で戦争を経験していないアメリカ人にとって、この感覚は理解できるだろうか?」 歴史を学ぶ実利的な意義を実感する瞬間だ。
 
また当地ではノウハウを学ぶことと同じか、それ以上にKnow-whoを得ることを重視している。自分が留学する際に「ネットワークを得るためにも留学します」というと、何人かの方から留学は勉強にいくところであり、友達を作る場所ではないだろう、とコメントを頂いた。日本人にとって自分から人脈を「作りにいく」という行為を良くないものと捉える風潮があるのかも知れない。但し仕事においては、社内外を問わKnow-whoがノウハウ以上に役に立つ場面が多いことに気が付く。
 
ハーバード大学は、インターネットの時代において、より取得コストの低いノウハウだけでなく、アナログなKnow-whoの機会を提供することでの存在価値を追求しているように感じる。
 
 
 

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