ハーバード留学/研究員記録

純国産(純ドメ)の日本男児。 総合商社でアメリカ、中国の投資の仕事をしてきた後、 ビジネスと政治経済の融合を目指してハーバード大学ケネディスクール(Harvard Kennedy School)に留学。 修士課程を卒業した後、現在は同大学の研究員として中国にて現地調査中。 アメリカや中国で感じることについて書いていきます。

リアル・チャイナとジオポリティクス(6)

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筆者は淡々と孫文のプレゼンを進めていった。孫文がとても日本びいきであったこと、孫文には日本人の妻がいたこと、またそもそも中国の近代化において、政治、社会、経済、革命、共和国、民主主義や共産主義など日本から逆輸入された多くの漢字が使用され、それが今日の中国語に非常に多くの数が定着していること。

あるいは、孫文中華民国成立には日本の実業家、梅屋庄吉のサポートが不可欠であったことを孫文自身が告白していることなど、別の言い方をすれば、日本が中国の近代化に大きく貢献したことを説明し、日中関係が原点に戻り、未来志向の良好な関係を築くことが重要であると説明していった。


参加者の反応はプレゼン当初は総じて静かなものであったが、プレゼンが進むにつれて次第に熱を帯びてくる。途中でいくつか質問や意見表明を受けた。例えば、「孫文に日本人妻がいたなど聞いたことがないが、本当か?」や、「革命や共産主義が日本語から輸入されたものとは、にわかに考えにくい」といったコメント。

参加者は常に、彼らの実質的な上司であり権力者である高官の顔色を伺っている印象だ。筆者のプレゼンをネタに、どういった気の利いたコメントをして、それによって評価を受けるか、というところに留意しているように感じられた。

参加者の中には「愛国者」としてのテストだと理解した人もいたように思う。国父孫文が日本に助けられたという見方は、中国人による「自力での近代化」という歴史観を傷付ける可能性があり、人によっては自尊心を傷付けられる場合もあると思う。そういう解釈に立って、孫文が日本のサポートを必要とした、という筆者の見解に反対の姿勢を取るコメントの参加者も何人かいたように記憶している。

また、コメントをする上で、筆者のバックグラウンドが気になる参加者もおり、執拗に所属先機関や、父親や祖父の職業などを聞いてくる参加者もいた。この辺りは、コネ社会中国らしい着眼点であると感じた。筆者の先祖が軍人か政府の人間か、民間人で対処方法が変わるということだろう。



アメリカ式のディベート型リーダーシップというものがあるが、ここで展開されたものは、中国式のリーダーシップテストであったと感じた。彼らにとって、共産党の中で有望株として目を付けて貰うことが、立身出世のためのプロセスとして不可欠であろうし、高い評価となれば現在の職業とは別次元のポジションへの抜擢もあり得る世界である。故に参加者は、筆者のプレゼンを題材に、気の利いたコメントを発することに躍起になる。



しかし誰も触れなかったポイントがあった。それは「日中関係が原点に戻り、未来志向の良好な関係を築くことが重要である」とする筆者のメインの主張の部分である。先述の通り、時節柄、最もタッチ―な部分の方向性について、高官たちは全く方針を示していないため、敢えてこの部分に触れることは、どう意見を表明したとしてもリスクが高く、そういった計算の下に意見を表明することを敢えて避けている、と筆者は感じていた。


ここで思わぬ伏兵の攻撃を受けることになる。唯一のアメリカ人、自称中国通の女性が口を開いた。「あなたのプレゼンを聞いていて、他の中国人たちは言いづらいと思うから私から敢えて言わせて貰うけど、日本と中国は永久に仲良くはなれないと思うわ。」と彼女は英語で言った。

果たして、この女性が筆者の中国語のプレゼンを正確に聞き取れるだけの中国語リスニング能力があったのか、甚だ疑問であったが、参加して何も言わずに帰るのはアメリカ人のプライドが許さなかったのか、あるいは彼女なりに空気を読んで発言したのか、いずれにしても自身の「中国通アメリカ人」としての見解を話し始めた。

「あなたは日本がナンキンでやったことを分かった上で、日中友好を主張しているのかしら。もし知っているならば、仲良くしようなどとは到底言えないはずではないのかしら?」、「日本が中国で犯した多くの罪は、永久に忘れ去られることはないし、中国人は日本人を許すことはないでしょう」と彼女は言い切ったのだ。

 

このアメリカ人は、自分のプレゼンをぶち壊してくれたと思った。よりによって「ナンキン」の単語を出したことは致命的だ。果たして筆者の真意を理解すれば、到底こんな発言はできないはずである。彼女には日本人の友人はいないのだろうし、日本と中国の関係など、どうなってもお構いなしなのだろう、とにかくこの場にいる彼女の友人である中国人に媚びが売りたいだけ、そんな風に感じた。

 

以下、「リアル・チャイナとジオポリティクス(7)」へ続く。

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