ハーバード留学/研究員記録

純国産(純ドメ)の日本男児。 総合商社でアメリカ、中国の投資の仕事をしてきた後、 ビジネスと政治経済の融合を目指してハーバード大学ケネディスクール(Harvard Kennedy School)に留学。 修士課程を卒業した後、現在は同大学の研究員として中国にて現地調査中。 アメリカや中国で感じることについて書いていきます。

リアル・チャイナとジオポリティクス(9)

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筆者が体験したもう一つの中国の側面、「人民日報や中央電視台を信頼する一般国民」もご紹介したい。人民日報(新聞社)や中央電視台(テレビ局)とは、日本でいえばNHKをより国営放送にしたような新聞とテレビである。厳しい政府の検閲の結果、流されている内容は、全て中国政府の方針に準拠しているといって過言ではない。



今年の夏のある日、北京から上海に新幹線で戻る時のエピソード。現在、中国の新幹線は猛烈な発展を遂げており、北京と上海の間も4時間台で新幹線移動が可能となっている。飛行機と異なり、待合時間がなく、一度乗車してしまえば、ずっと寝ていたり、作業が続けられるので、筆者は新幹線を好んで使っている。

上海駅で下車し、タクシーを拾う。筆者は現地調査の意味も込めて、最近は必ず助手席に座り、助手席から運転しているドライバーと世間話をするようにしている。その日も、60歳前後の運転手のタクシーの助手席に座って発進した。


しばらく取り止めのない話題を話した後に、筆者の中国語の日本語訛りに気が付いた運転手が「日本人か?」と聞いてきた。「そうです、日本人です」と答える筆者。

すると途端に「日本の電子製品はクオリティが素晴らしい」と、急に日本の工業製品を褒めちぎり始めた。電卓も、デジタルカメラも、テレビも、とにかく日本人は頭が良くて、手先も器用だから、中国人が作れない素晴らしい製品を作ると感心していると言っていた。

「ありがとう。私は電子製品関係の仕事をしたことないですが、日本のビジネスマンですから、日本の製品を誉めて貰えて嬉しいです」と答えておいた。それと同時に、なんとなく「褒められ過ぎている」ことに嫌な予感もしてきた。


この嫌な予感は的中する。ひとしきり日本製品を褒めた運転手は、「製品は良い、でも日本の指導者は不良品だ」と切り出し始めた。「日本人は一般人はとても賢いのに、なぜ指導者があんなにもバカなのか?」と質問してきた。


「なぜ、そう思ったのですか?」と聞く筆者。



運転手は答える。「日本の政治家は、中国との戦争が悪くなかったと言っているらしいし、地方首長(知事)の中には公然と正義の戦争だったという人もいるじゃないか。あの戦争を正当化することだけは、絶対に許せない。」

運転手は続ける。「そもそも日本の一般国民だって、悪い指導者の犠牲者だろう?あんなにたくさん死んで、アメリカに原爆まで落とされて、それでもなぜそんなバカな指導者を選ぶのかが分からない。」

筆者は尋ねた。「あなたは日本の指導者の言動をなにで知ったのですか?」運転手はさも当然のように「新聞でもテレビでもどこでもそうやって言っている、みんな知っているよ」、筆者「新聞とは人民日報のことで、テレビとは中央電視台のことですか?」と聞くと、運転手は「もちろんそうだ、みんな熱心に見ているよ」と答えた。


そう、運転手が奇しくも語ってくれた日本の動向は、全て「人民日報や中央電視台」からのコピー&ペーストと言っても良い内容であった。ちなみに日本は、「指導者=悪、国民=善」という整理は、日中国交回復の際に、周恩来総理が中国国民に対して行った歴史の整理であり、これも中国政府の発表を忠実にオウム返ししていると言える。

多くの一般の中国人は、熱心に新聞やテレビを見て勉強した内容なのだから、それに基づいて「自分の意見」と思っている。一方で、国営メディアに対する批判は皆無であり、その報道の信憑性があるのか、という点にはあまり注意が及んでいない。

この結果、人民日報や中央電視台が、日本に批判的な内容を報道すれば、急激に日本へのイメージが悪化したり、逆に「協調ムード」を報道すれば、「まあ、このご時世、ケンカばかりしていても大人気ないな、、、」と、急激に逆方向に国民感情の振り子が振れる傾向がある。


筆者の感じる「中国との付き合い方」のもう一つの重要な要素は、一般の国民感情を過度に気にし過ぎても意味がないと感じている点。

彼らはフォロワーであって、オピニオン・リーダーにはなり得ない。熱く語っている内容に独自性がある訳でもなく、またさまざまな角度から情報を比較した結果の意見という訳でもない。強力なリーダーが正反対のことを言い出せば、「そうなんですよ。私もそう思っていました。」と言い出すだろうと思う。

肝心なことは、誰がオピニオン・リーダーであるか、という点ではないかと思う。「街角で一般の中国人100人に聞きました、日本が好きですか?」的な調査に意義が薄いと感じるのはこの観点からである。むしろ実施は難しいかも知れないが、中国のオピニオン・リーダー100人の本音を聞きました、という情報があれば、中長期的な両国の関係を見通す上で極めて重要な内容だと思う。


ソーシャルメディアの中国本土での発達は、人民日報や中央電視台の独占的な立場を突き崩し始めている。成功した実業家を初め、多くの非政府関係者が独自の視点や、海外経験に基づく意見表明を行い始めている。彼らが日本についてどう考えているのか、それ次第では比較的近い将来に、筆者と語り合ったタクシー運転手の意見も大きく変化している可能性がある。



以下、「リアル・チャイナとジオポリティクス(10)」へ続く。


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