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ハーバード留学/研究員記録

純国産(純ドメ)の日本男児。 総合商社でアメリカ、中国の投資の仕事をしてきた後、 ビジネスと政治経済の融合を目指してハーバード大学ケネディスクール(Harvard Kennedy School)に留学。 修士課程を卒業した後、現在は同大学の研究員として中国にて現地調査中。 アメリカや中国で感じることについて書いていきます。

ケネディスクールで語る日本とアメリカ、東アジア情勢の歴史と未来(2)

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上の写真は、小村寿太郎が号泣したと言われるポーツマス宿泊先のホテルです。一時経営破綻し廃墟となっていましたが、現在はリノベされて高級ホテルになっています。


1905年、ポーツマス条約がアメリカで交渉されている最中、東京にエドワード・ハリマンというアメリカの実業家が出張に来ています。ハリマンはアメリカの巨大鉄道会社の経営者であり、東京で時の首相桂太郎と面会し、「桂ハリマン協定」と呼ばれる満鉄の合弁会社化の覚書を締結しています。

結局、桂ハリマン協定は、条約交渉後に帰国した小村外相によって強力に反対され、破棄されています。小村外相が恐れたと言われたのは、日本国民の不満の爆発であり、事実ポーツマス条約のあまりの戦利品の少なさに、有名な「日比谷焼打ち事件」が発生しています。

ただでさえ戦利品が少ない上に、満鉄権益の半分をアメリカに譲渡してしまえば、国民の不満を抑え込めないと判断されたと言われており、結果、満鉄は日米合弁ではなく日本独資で資本金2億円(現在の貨幣価値で1兆円前後)で設立されます。


日本の中国大陸における中核的権益であった満鉄が、日本独資ではなくアメリカとの合弁であったら、その後の歴史はどう動いたか?アメリカが中国大陸に、何兆円もの日本との共同事業を持っていれば、その後の東アジア情勢は、あるいは日本の命運は大きく変化したことは間違いないはずです。


筆者はケネディスクールでの議論で、「後にアメリカは日本の満州権益を徹底批判し戦争に至っていますが、1905年時点では満州地域の中核権益の合弁化を提案している。少なくともスタート時点ではアメリカも日本も同じではないですか?」と国際政治学の教授に発言をしたことがあります。

彼の返答は印象的でした。「ポーツマス時のアメリカのセオドア・ルーズベルト大統領の政策は、日本の海外政策と似ていたかも知れない。古典的な帝国主義とも言える。但し、日本が見誤った最大のポイントは、第一次世界大戦の戦後秩序と、後任のウィルソン大統領によるアメリカ外交政策の大幅な転換である」と。


20世紀初頭の日本とアメリカは、どちらも世界の帝国主義競争に乗り遅れた「後発国」でした。広大な海外領土を持つイギリスやフランスを手本にしながら、富国強兵と海外権益の獲得に意欲的であったと言えます。表現方法は別として、ポーツマス条約時期の日本とアメリカは、外交政策において大差なかったと言えます。


しかしその後アメリカは第一次大戦を経て、ウィルソン大統領の「ウィルソン主義」によって、180度と言って良いほどの外交政策の転換を行い、帝国主義的拡張政策を批判し、各国の民族が自分達で決定する民族自決の原則を打ち立てて支持を広げていきます。

ポーツマス条約の時には同じ海外権益を取り合っていた日米両国。その僅か14年後の1919年に中国で巻き起こった反帝国主義を掲げた「五四運動」において、アメリカは民族自決を支援するソフトパワー国家として賞賛され、日本は帝国主義的ハードパワーの代表国家として痛烈に批判をされている。このギャップが、前述の「日本が見誤ったアメリカの転換」と言えます。

別の表現をすれば、アメリカは、イギリスやフランスのような先行している大国に追随するのではなく、第一次大戦を契機に既存のルールを否定し、新しいゲームのルールを打ち立てる戦略を採り、ソフトパワーとハードパワーを組み合わせた戦略によって、新しい秩序を作ることに成功したと言えます。


現在アメリカは、冷戦終結と中国の台頭によって、再び国家戦略の転換を考えています。今回アメリカは、ウィルソン大統領の時とは異なり、追いかける立場から、追いかけられる立場になっており、むしろ既存の世界秩序に挑戦していくのは中国になるはずです。

ポーツマスから真珠湾に至る歴史が示唆しているところは、世界の超大国の戦略は、パワーバランスの変化を契機として、時に180度転換する可能性があることであり、その変化は緩慢ながらも、正確な理解をしていかなければ、往々にして「今日の友も明日の敵」となることではないかと思います。


2014年現在、日米同盟が締結されてから約60年、冷戦が終結してから約20年、中国の大国としての台頭が意識され始めてから約10年。潮目が大きく変わるタイミングは近いと感じています。

以下、「ケネディスクールで語る日本とアメリカ、東アジア情勢の歴史と未来(3)」へ続く。