ハーバード留学/研究員記録

純国産(純ドメ)の日本男児。 総合商社でアメリカ、中国の投資の仕事をしてきた後、 ビジネスと政治経済の融合を目指してハーバード大学ケネディスクール(Harvard Kennedy School)に留学。 修士課程を卒業した後、現在は同大学の研究員として中国にて現地調査中。 アメリカや中国で感じることについて書いていきます。

アセアンシフトは妥当な判断か?

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以前の投稿 「中国という魔法の言葉」では、ハーバードビジネススクールの授業で、「中国市場」がいかに特別に重視されているかをご紹介した。欧米メディア情報を見る限り、これはアメリカに限ったことではなく、欧米諸国共通のトレンドと感じる。

今年6月、マッキンゼーが発表した「Mapping China’s middle class」というレポートでは、2022年までに中国の都市部には、年間可処分所得が9,000~34,000ドルという強力な購買力を持つ都市人口が2億世帯以上生まれると予測されている。2億世帯とは、人口に換算して6~7億人に相当するはずであり、この極めて大きい消費市場としての「規模」と、かなり成熟した「購買力」が、欧米諸国にとって中国市場が特別な存在になっている要因である。

 

メディアで広く報道されている通り、日本は「チャイナ+1」や、「アセアンシフト」を標榜し、中国離れを加速させている。昨年の尖閣暴動以降、日中の政治リスクが顕在化したことは事実であり、日本製品不買運動のリスクや、政治情勢に翻弄されて中国側との協業がうまく進まないリスクなど、それ相応のリスクプレミアムを差し引いて考えるというのは合理的な判断である。

一方で尖閣暴動の報道によって生み出された強烈なイメージによって、ある種の情緒的なバイアスが生み出されていることも事実であり、アレルギー反応が冷静な判断を阻害している可能性も高い。また、アジアの貿易立国日本が、文化的にはアウェー感たっぷりの欧米企業ですら特別視している隣国の巨大市場を簡単に諦めてしまうというのも、日本の将来に対する大きなリスクを感じている。

 

実は昨年来、より強く主張されているアセアンシフトは、製造業においては数年前から議論されているポイントである。これは日本企業の生産拠点として工場が集中してきた中国の人件費が、近年非常に高騰してきており、一方で近年政情安定化してきたアセアン諸国と比べた際に、「生産拠点としての魅力」が相対的に大きく低下してきたという論点、本来は政治リスクとは直接関係はない経済合理性の判断である。

より安い人件費を求める観点において、この判断は妥当であり、尖閣問題が惹起した政治リスクが数年に渡る議論にとどめを刺した形である。また、中国の人件費に対するこうした見方は、欧米企業も共通しているため、日本企業独特のものではない。

 

他方、中国の「消費市場としての魅力」は、これからが収穫時期であるといえる。欧米企業の経営判断も、ビジネススクールの授業もまさにそこに注目をしている。個別企業の意思決定プロセスまでは把握できないため、果たして生産拠点と消費市場を切り分けた議論が冷静になされているのか確認することは容易ではないが、両者を混同した「アセアンシフト」であるとすると、日本にとって大きなチャンス・ロスになるのではないかと懸念している。