ハーバード留学/研究員記録

純国産(純ドメ)の日本男児。 総合商社でアメリカ、中国の投資の仕事をしてきた後、 ビジネスと政治経済の融合を目指してハーバード大学ケネディスクール(Harvard Kennedy School)に留学。 修士課程を卒業した後、現在は同大学の研究員として中国にて現地調査中。 アメリカや中国で感じることについて書いていきます。

リアル・チャイナとジオポリティクス(5)

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「実は日本人の〇〇(筆者のファーストネーム)から、今日はひとつ発表がある、みんなに聞いて欲しい。」ターンテーブルを取り囲む中国人が、一斉に筆者に振り返った。事前の前振りゼロで、文字通り凍り付いた筆者は、「え?なんのことでしたっけ?」と高官に尋ねると、「いつも話してくれる、あの孫文の話だよ、ほら」と切り返された。


孫文の発表資料は、内容を丸暗記していたので、中国語であってもプレゼンし切る自信があった。問題は、場の空気感である。数多くいる中国人の中で、日本人は筆者だけ、尖閣問題は相変わらず炎上しているような状態のタイミングである、かつ目の前にいる中国人たちのバックグラウンドは不明、もしかするとはだしのゲンの鮫島町内会長のような強烈な愛国者たちも含まれているかも知れない。


もともと筆者は、どちらかというと、プレゼンテーションでそこまで緊張するタイプではないが、この時ばかりは状況が違った。ざっと居並ぶ中国人に見つめられ、これから話さなければならない話題が、非常にタッチ―な話題であることもあり、背中に嫌な汗が流れ、鼓動が高鳴るのを感じた。

「授業が終わり、内容を忘れてしまった」とか、「プレゼン資料を家に忘れてきた」など、いくつかそれらしい言い訳も脳裏をよぎった。一瞬が随分長い時間に感じられた。しばらく頭をフル回転させ、逡巡した結果、プレゼンを決行することにした。

何を恥じることがあるか、自分がこれまで考え抜いてきた内容である、そして自分がプライドを持っている部分でもある、これで非難されるならその非難は甘んじて受けよう、と心に決めた。


簡単な自己紹介の後で、「今日はとても寒いですね。寒空の下、自転車で駆け付けたので、顔面の筋肉が硬直してうまく笑えませんが、普段はもう少しスマイリーですから、誤解しないで下さい」と、ニッコリ笑って、アイスブレイキングのつもりでジョークを言ったが、誰も笑わない。皆、無表情に筆者を見つめ続けている。

アウェーの中で、慣れない中国語でのジョークでもすべり、心底、心が折れそうになった。後から分かったことだが、参加者はプレゼンを指示した高官の真意を掴みかねていたようである。つまり筆者が好意的な理由でこの場に呼ばれているのか、あるいはその逆なのか、参加者たちは必死に行間を読もうとしていた。

筆者のジョークが、面白くなかった可能性は敢えて否定はしないが、どちらかと言えば、彼らにとってはそんなことはどうでも良かったのかも知れない。歓迎されるべき客人であれば、つまらないジョークでも笑うし、がんばって場を盛り上げようとする。これはどこでも大きい組織で働く以上、よく見る光景ではないかと思う。


それ以前にプレゼンさせられている筆者自身も、高官の方が孫文のプレゼンを気に入ってくれているのか、実は嫌っている内容なのか良く分かっていなかった。前々回に書いた通り、時期も時期なだけに、敢えてプレゼンに対する感想を聞くことはしていなかったのである。


どうなったとしても自分は日本人であり、習志野ナンバーであると決意を固めて、もはや参加者の反応は敢えて気にしないように、無理やり自分自身マインドセットを固めた。

孫文のプレゼンは日中の友好がメインテーマである。究極的に友好を唱える日本人に対して、いかなる理由であれ、石をぶつけてくるのであれば、その時は潔く「中国との決別」を誓おうじゃないか。それはそれで自分自身スッキリする、などと頭の中で思いを巡らせながら、決死の覚悟でプレゼンを進めていった。


以下、「リアル・チャイナとジオポリティクス(6)」へ続く。

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