ハーバード留学/研究員記録

純国産(純ドメ)の日本男児。 総合商社でアメリカ、中国の投資の仕事をしてきた後、 ビジネスと政治経済の融合を目指してハーバード大学ケネディスクール(Harvard Kennedy School)に留学。 修士課程を卒業した後、現在は同大学の研究員として中国にて現地調査中。 アメリカや中国で感じることについて書いていきます。

日本で忘れられた「地政学」という言葉

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欧米では広く意識されていながら、あまり日本では浸透していない言葉のひとつに地政学(geopolitics)がある。筆者は今後日本において、地政学の必要性が飛躍的に高まると予想している。

 

地政学の学問的定義は、読んで字のごとく「地理学」と「政治学」の融合であり、両者の関係を分析する学問を意味している。一方で、実際の使用頻度から考えると、実務上は、「ビジネス」と「地理、政治、軍事、マクロ経済、歴史、宗教、、、」の関連性を指しているケースが多いと感じている。

例えば金融マーケットでは、中東で戦争が起きることで、関連諸国の産油量が減るという場合に、「中東地域の地政学リスクが高まっている」と一般に表現する。中東の地政学リスク、イコール、資源関連株の買い、エネルギーデリバティブの買い、あるいは(有事の際に買われる)ドル買いという判断が一般的となる。

欧米列強は、東インド会社など帝国主義の時代から、軍隊を動かすと同時に、資源権益や消費市場などの経済権益を確保し、それを本国に収益還元してきた長い歴史を有しており、必然的に「海外ビジネス」を考える中核に地政学を据えていると考えている。

 

恐らく現在ビジネス分野において、最も地政学ノウハウが蓄積されているインダストリーは、ヘッジファンド(+投資銀行)、インフラ関連事業、資源エネルギー関連企業あたりと考えている。ヘッジファンドが地政学ノウハウを活用して、どのように収益に結びつけているかについては、「留学のきっかけ(ヘッジファンドの助言) 」でご紹介した通りである。筆者のケネディスクール留学の動機もこの分野にある。

 

なぜ日本において地政学の必要性が高まると考えているかといえば、中国の台頭と、アメリカの東アジア戦略の変更に起因している。「尖閣問題でアメリカの姿勢が中途半端な理由 」や、「ハーバードで語るアメリカの東アジア戦略」で詳しくご紹介した通り、アメリカの日本に対する国家戦略の見直しが予想されるためである。

筆者の指導教官であるジョセフ・ナイ教授のように、冷戦終結後も日米同盟に対して熱い期待を寄せているアメリカの専門家も依然多く、「アメリカの意志」は必ずしも一本化されている訳ではない。

しかし明らかに冷戦時代に中国を仮想敵国とし、日本を絶対善の防共の壁と位置付けていた時代は終わり、むしろ中国との二大グレートパワー(G2)による安定した世界秩序を目指す意見が増えていることは間違いない。

日本単独の努力もさることながら、米中協調の趨勢次第で、アメリカの日本に対するコミットメントが低下する可能性が高いというのが、ハーバード留学を経て至った筆者の考えである。

 

日本独自のスタンスが必要となる顕著な例としては、中国ビジネスが挙げられる。「アセアンシフトは妥当な判断か? 」で論じたように、日中対立が継続した場合でも、日本企業は魅力的な消費市場の存在が故に、中国ビジネスに取り組まざるを得ない状況に置かれるはずである。

直近の報道でもユニクロ初めとした小売業が、日中関係改善を待たずに業容拡大を意志決定していることが報道されている。消費市場をターゲットにした企業にとって、資本の論理から考えて、中国市場を無視することはできない。

但し、中国においてアメリカ企業と日本企業が置かれる状況は全く異なるものになる。アメリカに同調していれば良い訳ではなく、日本独自の地政学の分析と、その結果としての在外資産の保全策、政治外交の予測、有事の際の対応方針などを立案実行する必要性が生じている。

 

戦前の日本は欧米列強と同様に軍事力を持ち、海外権益を経営していたという点で、現在の日本人よりも、遥かに地政学に対して意識が高かったはずである。海外権益に対するアプローチ方法は、戦前とは大きく異なるものの、底流にある国際情勢を読む地政学の点で、日本は眠れるDNAを持っていると考えている。