ハーバード留学/研究員記録

純国産(純ドメ)の日本男児。 総合商社でアメリカ、中国の投資の仕事をしてきた後、 ビジネスと政治経済の融合を目指してハーバード大学ケネディスクール(Harvard Kennedy School)に留学。 修士課程を卒業した後、現在は同大学の研究員として中国にて現地調査中。 アメリカや中国で感じることについて書いていきます。

留学のきっかけ(ヘッジファンドの助言)

アメリカに留学する日本人は、さまざまな動機の人々がいる。

シリコンバレーのITベンチャーに刺激された人、
大学の研究者として科学や工学の最高峰を極めたいと考える人、
ビジネススクールを卒業してコンサルタントや経営者を目指す人、
アメリカのカルチャーに惹かれ、とにかくアメリカに移住したいと願う人。  

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今をさかのぼること10余年。

23歳の頃の自分はちょっと違った観点でアメリカ留学を目指すようになっていた。当時、自分はチャンスを得て、アメリカのニューヨークにほど近い住宅地にオフィスを構えるヘッジファンドで研修を積んだ。このヘッジファンドの社長は投資銀行のトレーダーで身を立て、自分の投資会社を起こし、ほぼ無一文の状態から500億円相当の資産を築いたアメリカ人のファンドマネジャーだった。 

彼のやり方は、ヘッジファンドの業界で「グローバルマクロ」と呼ばれる手法。世界中の国々を対象として、マクロ経済予測に基づき、為替、株式、債券、商品先物等あらゆるものに投資を行っていた。数百億円の資金を100を超える株や債券に投資をするような仕事である。この仕事を通じて、毎年15~20%の投資リターンを出していた。

  

世の人々のヘッジファンドのイメージは、パソコン画面に映し出される株価や為替のグラフを見ながら、反射的に売ったり買ったりするような仕事だろうか。コンピュータ・プログラムを駆使して、自動売買をするような仕事をイメージする人もいるかもしれない。この社長のやり方は、そういったものではなかった。  

彼は自分のテーマに合わせて、とにかく本を読む。専門家と語り尽くす。テーマというのは、アルカイダの組織構造だったり、アジアの新興財閥や、中国共産党の内部政治闘争だったり、非常に多岐に渡る政治経済のテーマ。 

 

例えば、アルカイダの活動が活発になるタイミングはいつなのか、テロが起きれば、どういった損害が出て、為替はどうなるのか、保険会社の株が上がるのか下がるのか、テロ撲滅戦争が始まれば、軍事産業の売上はどの程度上がるか。資源価格はどう変化するか。 

そういったことを考えながら、自分のストーリーを組み立てていって、次々と証券会社に発注していく。 ビジネス本は「経営者の自慢話」と切って捨て一切読まない。とにかく政治経済の本やネット記事を読み漁っていた。  

ある日、他の著名投資家と電話をしながら、南米の農場を共同で買うかどうかを話している。 中国の急増する食糧需要は底堅いし、エネルギー価格の高騰を見通せばバイオ燃料としての価値も間違いない、というような話の内容であった。資源バブルが来る2年以上も前の話である。結局、この農場を購入した著名投資家は莫大な利益を得ることになった。 彼らにとって、世界の政治経済の知識は、単なる教養ではなく、投資利益を生み出すための実践的な知識なのだ。  

 

その社長から「Oh boy」とある日突然、声を掛けられた。どうやら読書やBloombergでの情報収集に疲れたので、気分転換がしたかったようだ。唐突に言われた言葉は、「若い奴はビジネススクールに行きたがるが、腰を据えて政治経済を学ぶべきだ。」彼自身ビジネススクールは卒業していなかった。イェール大学の学部を卒業後、コロンビア大学の国際関係修士の卒業だ。彼の投資仲間たちもビジネススクール出身者は、あまり多くはなかった。実は当時「留学と言えば、ビジネススクール」と考えていた自分はこの言葉にショックを受けた。

彼は続ける「そして英語は絶対に重要だ。日本語でどれくらい政治経済の情報が手に入る?英語の情報量と比べて、クオリティはどうだ?投資で勝ちたければ英語はマストだ。」  

 

自分が、この社長のように、投資家の資金を預かるヘッジファンドの経営者にどうしてもなりたいと思った訳ではない。短期利益を追い求め過ぎる姿も、正直、抵抗感を感じた。それと同時に、政治経済の教養を武器に、世界中の投資機会を縦横無尽に探し回り、誰にも縛られず自由なライフスタイルで取り組んでいる姿に、プロフェッショナルとしての特権を感じた。 なにより彼は毎日気が遠くなるほどのリスクを取っている。それが恰好良く感じたのだ。

 

かつて海外領土を世界中で経営してきたイギリスやフランス、あるいはイギリスの後に世界の覇権国となったアメリカには、こうしたグローバルの投資分析ノウハウが蓄積されていて、その結果、投資収益の形になって、再び彼らのもとに還流している。

イギリスの東インド会社ではないが、欧米列強のパワーの中枢には、軍事力はもちろん必要だが、同時に、自由貿易や自由な投資活動のノウハウがなければ、今日の地位を築くことはできなかったはずである。 

日本が成熟社会を迎える中で、次々に日本国内でイノベーションが起こり、新産業が育ち、既存ビジネスからの収益を次々新しいビジネスに再投資できるならば、これまでのスタイルを守っていくことができるかもしれないが、その可能性は極めて低い。むしろこれまでのビジネスで蓄積してきた富を、海外市場に投資していく必要性が高まるはずであり、その場合には、欧米の蓄積してきたノウハウが必ず必要になる。

 国際政治経済の世界で、評価が高いのはアメリカの大学、ならばいつの日かアメリカに留学しよう、そして彼らがどんな情報源や、議論を通じて世界情勢を理解しているか学ぼうと思いながら研修先を後にしたことを覚えている。 

 

8年後、留学する最終決心を固めた。留学先はハーバード大学ケネディスクール。ビジネス出身者としては異例の政治経済の専攻としての入学となった。  

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