ハーバード留学/研究員記録

純国産(純ドメ)の日本男児。 総合商社でアメリカ、中国の投資の仕事をしてきた後、 ビジネスと政治経済の融合を目指してハーバード大学ケネディスクール(Harvard Kennedy School)に留学。 修士課程を卒業した後、現在は同大学の研究員として中国にて現地調査中。 アメリカや中国で感じることについて書いていきます。

ハーバードの最強語学プログラム (5)

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気が付くと、「倍返し」を誓ってから試行錯誤を続けながら、毎日夜中の2時、3時まで中国語と格闘して4か月余りが過ぎていた。最初は暗中模索の日々であったが、次第に自分でも実感できるほどに、中国語は上達していった。

相変わらずしばらくは一人シニア学生として、若い大学生のキャッキャ話す輪の中に入らず、孤独を楽しんで、、、いや、結構つらかった。ある日、例のマシンガン質問に筆者が銃殺寸前まで追い込まれている時、隣に座っていたイケメンが「答えは、〇×ですよ」と耳打ちしてきた。すげぇいい奴じゃないか、と思った。それ以来イケメンとは年齢を超えた友人になれた。

ビルゲイツのキャラクターも分かってきた。ビジュアル面から薄々感じてはいたが、かなりの奥手なアメリカ人だったのである。アメリカ人がみな陽気に「ヘイメン、ワザップ?」と声を掛けて来る訳ではないのだ。どうしてもファイナルファイトや、ビバリーヒルズ高校白書でアメリカを学んだ世代としては、こういった先入観を捨てることは難しい。 

遂にイケメンやビルゲイツ、女子学生達と一緒に、教室で談笑できるほどにクラスにも溶け込めるようになっていた。気が付くと休日に、女子大学生2人と女子好みのオシャレ喫茶店で、中国語のグループワークの準備に、楽しく取り組んでいる自分がいた。

 

インストラクターや、チューターは大変熱心に指導してくれたと思う。特にチューターは中国語を良く聞き取れない筆者の状況を見て、根気良くゆっくり話して、筆者の話を良く聞いてくれた。二人のサポートがなければ、4か月間走り切ることは不可能だったと思う。

ハーバードの語学プログラムは最強か?という質問に対する答えは、YESだと思う。ただそれは、誰もが知らない奇抜な方法論がある訳ではなく、愚直に毎日地道な努力を続けられるようなシステムとサポート体制が整っていること、これに集約されると思う。ティーチングというよりは、コーチングの仕組み。学生自身が本来持っている競争心、向上心、達成意欲を引き出す仕組みだ。

 

最後に、上級ビジネス中国語の授業期間を挟んだ、半年の修行僧生活のアウトプットとして、プレゼンテーションを中国語で作成して発表した。折しも尖閣国有化騒動の3カ月後で、日中関係が非常に緊迫しているタイミングであったので、中華圏の国父・孫文を引き合いに出して、日中関係についてのプレゼンを中国語クラスの仲間や、他にハーバードに留学に来ている中国政府高官、派遣研究員に対して行った。(以下、要点抜粋)

 

即便在意日本和中国两国之间存在着一段不友好的历史、但是老百姓所不知道的两国之间合作过的历史仍有很多。比如说、中国人都知道孙中山是中国的”国父”、 因为他结束了清王朝和开始近代中国。 很多人都不知道日本带给孙中山的成功有哪些影响。

【和訳】日中両国には一時期良くない歴史があったことは事実であるものの、両国の協力の歴史が多いことはあまり知られていない。例えば、中国人に清朝を打倒した国父として扱われている孫中山孫文)は、多くの日本人の支援者がいたことで成功している。


打败最初的反清运动以后、孙中山躲起来在东京准备再一次的革命。 实不相瞒、很多日本人帮助过孙中山继续搞运动。 最主要是梅屋庄吉。 梅屋傾其家財给孙中山很多运动资金和重要的人际关系。 为什么日本人帮助中国的革命? 因为有的人在议论说日本和别的亚洲国家合作一起建立亚洲人的民主国家。 孙中山跟日本的女人结了婚生了孩子

【和訳】最初の反清運動に失敗した後、孫文は東京に亡命し再起を図った。多くの日本人が孫文の活動を支援したが、最大の支援者は梅屋庄吉である。梅谷は家計を傾けてまで孫文に多額の活動資金を渡し人脈を紹介し、孫文辛亥革命を支援した。なぜ日本人が中国の革命を支援したのか?それは日本とアジアの国々は、協力してアジア人のための民主国家を作ろうとしたからである。尚、孫文には日本人妻がおり、その間には日本人の子供も生まれている。

 

一千年以前、两个社会的精英已经互相交流了很多。 在日本、 如果高中生想上好的国内大学、 中国古代汉文的测验成绩重要。在两国交流的悠久历史上、日本人从中国学习了很多技术和思维方式。 对两个国家来说、 重要的是没有局限于眼前利益、而是重新好好学习古人的文化交流经验、继续发展两国的良好合作关系。
【和訳】1000年以上に渡って両国のリーダーたちは相互の交流を行ってきた。日本では今でも高校生が良い大学に進学する際には中国古典(漢文)の成績が重要である。両国にとって重要なことは、目先の利益に捕らわれることなく、先人達の進めた文化交流を更に進め、両国の友好な協力関係を維持していくことである。



このプレゼンを聞いた中国政府の高官から「孫文がそんなに日本人の支援を受けていたとは驚いた」、「そういえば改革開放の後も、日本企業が真っ先に来てくれて、中国の発展に貢献してくれた」とコメントを頂いた。日本語ではなく、英語でもなく、彼らの母国語で語り掛けた効果は大きかったと思う。

インストラクターからも「あなたのプレゼンとても良かったわ」と言って貰えた。倍返しどころか、半返しもできたか分からないが、振り返ってみれば(いや、あまり詳細には振り返りたくはないが、、、)とても有意義な経験となった。

中国語ができるようになったのもさることながら、アメリカの優等生達との切磋琢磨を通じて、彼らのメンタリティや、課題に挑戦するスタンスを、机を並べて実体験から学べたことは、非常に大きい収穫になった。

「いやぁあんまり根気良くできなかったんだけど、なんか運良くうまくいっちゃったんだよねぇ」と言っている時には、それを額面通り受け取ってはいけない。そう言いながら、ある種謙遜しながらも、人の見ていないところでバット素振り100回やっていたりするような連中なのである。

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ハーバードの最強語学プログラム (4)

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マシンガン質問が1時間余り続き、ようやく初回の授業が終わった。まさにハチの巣にされた気分であった。茫然自失で教室を見渡すと、なんと先程まで話しかけても、微妙な反応だったイケメンとビルゲイツが、「いやぁ、やっぱり中級クラスよりも"多少"難しいよねー」などと言いながら、女子学生と歓談しているではないか。

さすが大学生同士、打ち解けるのが早い。う、羨ましい。いや、ダメだ。ここで物欲しそうな目で見ているだけでは進歩がない。と、心で念じながら、この厳しい状況の打開策を考えることに集中した。

 

そうだ、そもそもこの「上級」中国語を、「中級」に変更しなければ、このままでは生き残れない。非常なる焦燥感のもと、インストラクターに相談する。「やはり今日授業に参加してみて、ちょっと正直自分には負担が大き過ぎる気がしています、ケネディスクールの授業との両立もしなければならないし、、、」

インストラクターはこういった。「あなた、まだ諦めるのは早過ぎるわ。今日の発言も良い内容だったし、もっと頑張ってみなさい。」

いや、そういう次元の話ではないとか、とにかく忙し過ぎるからとてもこなせる量やレベルだと思えないと、粘ってみたものの、インストラクターは「上級で頑張りなさい」の一点張り。首を縦に振らない。

仕方がない、ひとつ条件をつけて上級ビジネス中国語を続けることにした。条件とは、もしどうしても筆者のパフォーマンスが悪くて、CやDといった強烈に悪い成績になりそうな場合には、途中で授業をドロップ(途中離脱)させて貰うというもの。

なにしろケネディスクールの卒業要件には、全取得科目の加重平均をB以上にしなければならないという規定があるため、中国語で単位が出るだけでは不十分で、平均B以上を確保できる成績を最低でも出さなければならない。これは卒業が掛かった切実な問題であった。

インストラクターは「わかった」と言い、「とにかく頑張りなさい。あなたならできるわ」と言ってその場を去っていった。そう、この「あなたならできるわ」はアメリカのスピリッツを表している素晴らしい言葉だと思う。そして同時に、それに踊らされて人生が狂った人も、知られていないだけで、多いのだろう、、、

 

その日から、毎日朝7時半起床、夕方5時頃まで授業を受けて、夜10時頃までケネディスクールやビジネススクール関連の予習に取り組み、その後に夜中の2時、3時まで中国語に取り組むという修行僧生活が始まった。勉強を終え、真夜中にベッドに入って天井を見上げると、敵のスタンドが見えた日もあった。

この間実践したのは「体験的TOEFL(英語)学習法」でご紹介したシャドーイングその他のメソッドを中国語に適用したもので、教科書の例文を暗記できるレベルまでやり込んでいった。

ビルゲイツを初め、みな授業の時間になると、涼しい顔をして教室に現れてくる。だが次第にそれが「ハーバードの優等生達」の行動特性であることが分かってきた。たまたまキャンパスで見かけると、サンドイッチを頬張り、教科書を見ながらMP3を聞いていたり、カフェテリアで漢字の書き取り練習に没頭する姿を、見かけるようになってきた。筆者が近付いても、気が付かないぐらい集中して勉強している。

そういった姿を見ると「自分も負けてはいられない」という闘志がみなぎってきた。「どうすれば最小の労力で、最大の結果を出せるだろうか」日々そんなことを考えながら、最も効率が良いと思われる方法を試しながら、中国語と格闘する日々が続いた。

 

ある日、なんとかこの難局を打開する方法を思いついた。中国語の成績評価の大きいウェイトは、「筆記試験」と、「自由プレゼンテーション」でなされることに着目した。

どうやら授業に参加して分かったことは、当たり前といえば当たり前だが、やはりアメリカ人は漢字が極端に苦手ということであった。発音は得意なので、話している姿を見ると、もの凄く中国語ができそうに見えるが、読み書きとなると、圧倒的に日本人が有利であった。遂に漢字ドリルに感謝する日が来たのだ。

例えば、中国語には乾坤一擲や、臥薪嘗胆という日本語と共通したボキャブラリーが出てくる。意味も日本語と同じである。また、政治、経済、社会、国家、企業、民主主義、共産主義など、全て近代に日本から輸入しており意味も同じだ。

こうした言葉をアメリカ人が一から覚えるのは、とても大変である。筆者は四字熟語などが好きだったので、筆記試験をひとつの突破口にしようと考えた。

また、自由プレゼンは、10分程度学生一人ひとりが中国語でプレゼンした内容に対して、インストラクターや他の学生から質問を受けるというもの。本来は自由にその場で内容を考えてプレゼンする形で良いが、筆者は一字一句プレゼン内容を書き出して、丸暗記の上で臨むことにした。

1回のプレゼンが、A4用紙びっしり書いて5ページ前後に達していたと思う。これ以外に手段がなかったので、結婚式のスピーチを中国語で頼まれているような気分になって、何時間もプレゼンを暗記するために復唱して練習をした。

 

筆者自身は、決してストイックな努力が大好きなタイプではないのだが、武器がなければ、ないなりに知恵を絞って考える、持てる眠れる資産を最大限引き出す、そんな心境になったのは、ハーバードの語学授業が生み出している「プレッシャー」と、若い学友たちの「向上心のオーラ」の影響ではないかと感じた。 

 

以下、 「ハーバードの最強語学プログラム (5)」へ続く。

 

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ハーバードの最強語学プログラム (3)

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若き大学生でごった返す語学棟に、突然のシニア学生の来訪、明らかに戸惑っている感が伝わってくるイケメンとビルゲイツ。もう一度「ニーハオ」と言ってみた。今度はイケメンが「ニーハオ」と答えてきた。なんともぎこちない。やはりケネディスクールのプログラムディレクターの助言は、正しかったのだろうか、なんともいえないこの「浮いた感じ」。

とりあえずビルゲイツの隣に座って、話掛けてみることにした。中国語で話すも、あまり乗ってこないので、禁じ手ではあるが英語に切り替えて話掛けてみた。どうもビルゲイツは歴史専攻らしい。コンピューター専攻だと信じていただけに、ちょっと残念だ。ほとんど筆者と目を合わさずに、ボソボソと中国の歴史を研究している、今年の夏は2か月ほど北京に行って中国語研修をしていたことを教えてくれた。

 

そうこうしている内に、若い女子大学生のグループが2組ほど入ってきた。1組は見たところアジア系の一群で、もう1組は白人と黒人が混ざったアメリカ人の一群。やはり万国共通、外国語を勉強するのは女子が多いのだろうか。見たところ女子学生は8名ほどいる一方、男子学生はビルゲイツとイケメンと筆者だけである、などと考えていたら、例の黒竜江省のインストラクターが入室してきて授業が始まった。

インストラクターは授業の冒頭、もの凄い早口で授業参加に際しての重要事項を説明していた。その余りの速さに、筆者は何を言っているのか、ほとんど聞き取れなかったのだが、ビルゲイツやイケメン、あるいは他の女子学生は理解しているようでウンウンとうなづいている。筆者も負けじとウンウンとうなづいておいた。だが、やはりこれは相当場違いなところに迷い込んでしまった、改めて痛感した。

 

ハーバードの中国語の授業では、前述のインストラクターに加えて、チューターと呼ばれるもう一人の指導教官がついている。授業はインストラクターが教え、授業とは別のチュートリアルという復習目的の時間は、チューターが教えてくれるシステムになっている。上級ビジネス中国語のチューターは、台湾出身の筆者よりも年齢が若い男性であった。

高速で話される重要事項説明の中で、筆者でも聞き取れた超重要事項があった。それは「授業は平日毎日ある」ということだった。

ケネディスクールやビジネススクールでは、1単位を取得するための授業時間は、1週間に80分×2回である。場合によっては2時間1回という授業もあるぐらいで、1単位のための所要時間は週2~3時間というのが相場だ。語学の授業は毎日1時間×5回、合計5時間の授業時間を意味している。

加えて、筆者は前述の通り、片道20分掛けてケネディスクール方面から歩いてこなければならない。やはりどう考えても心が折れそうだ。いや、もうその時点で心が折れていたかも知れない。

 

上級ビジネス中国語の授業は、入念な予習をしてきていることを前提に進められる。授業開始の5分間は、教科書の内容を踏まえて、インストラクターが読み上げる中国語をディクテーションすることから始まる。

一応2、3回読んでくれるものの、なにしろ内容が難しいため、聞き取ることがとても難しい。隣を見るとビルゲイツが苦労しながら漢字を書いている。英語ベラベラの白人や黒人が、漢字を必死に書いている姿は、なんとも不思議な気分になる。というか、アメリカ人も外国語を学ぶ苦労をしているところを見ると、自分が英語で苦労した経験がよみがえり、苦労を共有しているような気がして、なんだか嬉しい気分になる。

ディクテーションの小テストが終わると、そこからはインストラクターのマシンガントークが始まる。いや、正確に言うと、マシンガン質問が始まる。「主人公は健康器具が中国で売れるかどうかわからないと言っていたと思うけど、その理由はなんだっけ?」、「えーじゃあ、あなた」と質問内容を言った上で、誰か特定の学生を指して答えさせる。

学生は即座に答え、その答えが若干ずれた内容だと、インストラクターから追加の質問が降ってくる。分からないと沈黙していると、なんだかもの凄いプレッシャーを感じ、予習が不十分な自分を恥じる気持ちが湧き上がってくる。

このプレッシャーを生み出す雰囲気作りは非常に巧く作りこまれた環境だと思う。いつ自分が指されるかわからない状態なので、一秒たりとも気を抜くことができない。必然的にかなり前のめりに授業に参加せざるを得なくなる仕組みである。

 

一回り年下の大学生の前(しかも女子学生多数)で、大恥をかく数カ月、という三十路を超えたシニア学生にとって、最悪の事態が現実のものとなってしまったのだ。このアゲインストの状況下、日本人としてプライドを示すことはできるのか?! 

  
以下、 「ハーバードの最強語学プログラム (4)」へ続く。

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ハーバードの最強語学プログラム (2)

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ということで、妙ないきさつから「上級ビジネス中国語」を履修することになった。ハーバードの学部では授業に使用する教科書は、COOPと呼ばれる生協で購入することになる。

 

ちなみにCOOPには教科書だけでなく、壮絶な数のハーバード・グッズが販売されている。野球帽、Tシャツ、子供服、ボールペン、マグカップ、ゴルフボール、あらゆる商品にハーバードのロゴがプリントされ、全て購入すれば部屋の中は「ハーバードロゴ」だらけという生活が、したくはないが、することができる。

驚くことにアメリカ人たちは、まるでボストン・レッドソックスの野球帽を買うかのように、ハーバードの野球帽を買い、そのままかぶって街を闊歩している。筆者はいままで東京で、一度も「東大」や「早稲田」と書いた野球帽をかぶった日本人と遭遇したことはない。これは大きな文化の差だが、アメリカ人にとって自分が卒業した大学は、応援する野球チームのようなものなのかも知れない。

 

話が逸れたが、COOPで購入した上級ビジネス中国語の教科書を家で開いてみた。25ドルほどの標準的な値段の語学本である。教科書の筆者はハーバードの中国語インストラクターと書いてある。また、登場人物はハーバードビジネススクールのアメリカ人学生で、その彼が夏休み中に上海にインターンシップに行くという設定の物語調であった。

教科書を開いてそのレベルを知り、また授業のスケジュールを見比べてみて、やはり予想はしていたものの、恐ろしい絶望感に襲われた。とにかく難易度が非常に高く、そして進度が異常に早い。

一週目の課題として設定されている教科書の第一章「健康器具の拡販」というタイトルの中身を見てみると、「健康器具の拡販のために、上海の博覧会に参加したインターン生のデービッドは、コンサルティング会社のプロジェクトマネジャーと共に、中国現地の消費者の調査と、販売代理店との交渉準備に取り掛かった。」という内容から始まっていた。

なにこれ?!ビジネスレベルで使う中国語と何も変わらない。(授業のタイトルからして当たり前かも知れないが、、、)

また、恐ろしいことに、文章(会話文主体)の後に、新出単語が掲載されていたが、一章あたり350~400語はあるだろうか。繰り返すが、一章は一週間の分量である。これだと一日50語以上の新出単語を覚えるという極めてハイペースということになる。絶望感と同時に、ここはやはり恥を忍んで、中級に下げて貰うよう申し出をしに行こうかと考えた。

このままだと、中級は一時の恥、上級は一生の恥(=卒業できない)になる可能性が高い。とりあえずは上級ビジネス中国語に一度出席の上で、インストラクターに中級への引き下げを懇願しに行こうと決めた。

 

上級ビジネス中国語は、ケネディスクールやビジネススクールなどの社会人向けの学校とは正反対、学部生向けの敷地内の語学棟で行われている。ケネディスクールからは徒歩20分以上も歩かなければならない。語学棟というので立派なレンガ造りの建物を想像して歩いていくと、突然プレハブ作りの質素な建物が目の前に現れた。

Googleマップで改めて確認してみる。どうやら、間違いないようだ。足を踏み入れるとプレハブ特有の音、足下がギシギシする。中国語の履修希望者が急増して、レンガの建物の供給が追い付かないのだろうか。

建物の中は、20歳前後の若き大学生でごった返していた。ここに来て、改めて自分の年齢を痛感することになり、更に後悔の念がよぎる。自分よりも一回り年下のクラスメイトの前で、これから散々恥をかくことになるのか、、、と、戦う前から敗戦モードのやるせない気持ちになった。

いや、ここで心が折れてはいけない。世界に習志野ナンバー(筆者の出身地)の素晴らしさを伝える責任が自分にはある、と気持ちを鼓舞して教室に入った。

 

教室に入るなり、普段は出さない声の大きさで「ニーハオ」と言ってみた。繰り返すが、語学棟の中では英語は禁止である。教室には筆者よりも先に到着していた大学生が2人いた。ひとりはスラッとしたアジア系のイケメン。もうひとりはビルゲイツをもう少しコンピューター好きにしたような白人の男子学生であった。

 
以下、 「ハーバードの最強語学プログラム (3)」へ続く。

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ハーバードの最強語学プログラム (1)

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筆者が留学を決断した時には、ひとつの野望があった。「せっかく仕事から離れるのだから、仕事をしていてはできないことをしてやろう」と。そのひとつが語学であった。

留学前に東京でお会いした、某有名ITコンサルティング会社の社長の方のアドバイスも背中を押した。ご自身もアメリカ留学経験を振り返って、「留学中に第二外国語をやっておけば良かった。仕事復帰すると時間がないからねえ」と。その方は、社長に就任した後、時間を見つけて中国語を勉強されていると仰っていた。そういえば、楽天の三木谷社長も中国語を勉強されていると聞いたことがある。

極めつけは、留学前に東京でお会いした某人材コンサル会社(要はヘッドハンター)の一言。「ハーバードには最強の語学プログラムがあると聞いてます。なんでも半年あれば、その言語がマスターできるらしいですよ。」 は、半年!?普通は語学の習得には2~3年は最低必要とするはずであり、半年でそれができるプログラムとは一体どんなものなのか!?話を聞いていて思わず前のめりになってしまったことを覚えている。

 

実はハーバードに留学する時点で、そこそこ中国語は勉強していた。期間にして半年強だろうか。半年とはいえ、その期間は中国(上海)にずっといたので、中国語で最も難しいと言われる発音への慣れという意味では、かなり耳が慣れている状態であったし、もともと日本人にとっては中国語の「読み、書き」は西洋言語に比べると圧倒的に楽なので、自分自身では中級ぐらいになっているという実感を持っていた。

 

ハーバードに到着早々、「最強の語学プログラム」についてリサーチを始めた。どうやら大学生(学部)向けのプログラムらしい。筆者が所属していたケネディスクール(大学院)の立場で履修するためには、特別な許可が必要とのことであった。さっそくケネディスクールのプログラムディレクターに相談してみた。

開口一番彼女が言った言葉は印象的だ。「語学への履修登録は推奨しません。ケネディスクールの授業との両立は過酷過ぎる。両立できるとは思えないからです。」このコメントは今振り返ると逆効果だったと言わざるをえない。筆者は昔からこういわれると、逆に燃えてしまう習性があるのだ。「そこまで言うなら、やってやろうじゃねぇか」と眠れる千葉のヤンキースピリッツが湧き上がってきた。

しかしアメリカの凄いところは、こうしていきり立ったアジアの留学生を止めることはない。さすがはスティーブ・ジョブズや、ビルゲイツのような異端児を生んだ国である。この先どんな過酷な境遇が待っていようと、この訳の分かっていないアジアの留学生がもしかしたら卒業できなくても、「自己決定」を最優先に考えるのである。つまり、止めてくれない。「最後はあなたが決めて下さい」と言ってプログラムディレクターとの面談は終わった。

 

更に傷口を広げたのは、中国語のレベル選択である。大学のイントラネット上に掲載されている中国語の科目を見ると、初級、中級、上級など各レベルに対応した複数の授業が開かれているようだった。正直、多少プログラムディレクターの助言も気になっていたので、中級か、場合によっては初級に落とすことも念頭に置きながら、中国語のインストラクターを訪ねた。中国語のインストラクターは黒竜江省出身の中国人で、自分と同い年ぐらいか、多少上に感じるぐらいの女性であった。

彼女を初めハーバードの語学インストラクターは、校内で英語の使用を禁止しているため、会話は全て中国語に切り替わった。「中国語はどれくらい勉強しているの?」と質問され、「半年ぐらい、上海では一年半ほど仕事をしていた」と答えた。その後、中国での生活や、アメリカでの計画など、ひとしきり話して、筆者の中国語のレベルを自分なりに測定したインストラクターは、「私は中級のクラスだけではなく、上級のビジネス中国語も担当しているから、そっちの授業にしたらどうかしら?あなたはビジネスマンだから、ビジネス中国語が必要でしょう」と言われた。

いや、それは流石に無謀だろうと思った。ただでさえ到着したばかりの環境で、無理に無理を重ねることになる。気合で乗り切れるのも限度というものがあることは、これまでの筆者自身の経験から痛感している。

インストラクターが畳み掛けるように言う「みんなできるようになっているわよ」。なんと、みんなできているのか。こう言われると、アップサイドしか見えなくなってしまう。「じゃ、いっちょやってみっか」という気持ちがフツフツと湧いて来てしまった。半年で言語マスターできる最強の語学プログラムなのだから、目標は高く、上級ビジネス中国語としようと、今振り返れば自分で自分を納得させて、「最強の上級ビジネス中国語」を履修することになった。中国語インストラクターとの面談の後に、語学の履修登録を済ませた。

その後、再びケネディスクールに戻り、プログラム・ディレクターに、「上級ビジネス中国語を履修することにしました」と伝えた。凍り付いたプログラム・ディレクターの顔が忘れられない。「ま、大変でしょうけど、がんばって」との冷たいアドバイスを背中に受けて、退路を断った最強の語学プログラムへの挑戦が始まった。

 

以下、 「ハーバードの最強語学プログラム (2)」へ続く。

 

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体験的TOEFL(英語)学習法 (5)

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(5)最新のネットツールを活用する

筆者は大学受験時代、国立受験5科目の内、英語が最も苦手な科目であった。なにしろ受験参考書はツマラナイこと極まりないし、外国語学習という割に田舎の県立高校であったため周囲に外国人は皆無の状態、モチベーションも上がらなかった。

その点、ネットの普及は革新的といえる。SpeakingやWriting練習のために格安のフィリピン人講師による会話レッスンを受講することもできる。(例、レアジョブ)また、アメリカ人講師でも、太平洋を越えてスカイプを使って家庭教師になって貰うこともできる。(例、北米のサービスWyzant)英語はコミュニケーションツールである以上、こうした最新サービスを最大限活用して、低コストで、できるだけ「使うチャンス」を増やしていくことが有効と考えている。

 

ところでTOEFLのハイスコア対策という観点で、SpeakingとWritingの目標スコアについて付記。TOEFLではSpeaking6問についてネイティブ採点官(1名)が1~4までの4段階評価、Writing2問はネイティブ採点官(1名)と機械採点が1~5までの5段階評価でされると主催者ウェブサイトで公表されている。この採点をもとにS/Wそれぞれ30点満点で最終点数が決定される。

Speakingについては4段階中の最高評価を得るためには、発音を含めたかなりのネイティブ度が要求されるため、現実的には全問3の評価(総合点23点)が一旦の純ドメの目標点数になる。一方で、Writingは純ドメでも練習量次第で4.5~5.0、つまり総合点で28~30点を狙うことができる。

フィリピン人講師でもかなりの水準まで伸ばせると思うものの、Writing満点近くを目指す場合には、やはり多少コストが上がっても、アメリカ人ネイティブに見て貰う方が無難と考えている。Speakingについては総合点23点狙いであれば、コストを抑える観点で、フィリピン人講師とできるだけたくさん会話練習を積むのが有効と考えている。Speakingで24点を越させようと考えると、アメリカ人ネイティブによる発音矯正(例、ジングルズ)のような、ハイエンド・サービスが必要になるかも知れない。

 

尚、Writing練習の際に念頭に置いておきたいポイントは、クオリティもさることながら、英作文のスピードである。「30分500語」を目標としたい。(語数と字数の違いに要注意)

試しにやってみると実感できるが、30分500語というのは猛烈なスピード。ほとんどキーボードを休みなく打ち続けて、漸く30分500語になるはず。つまり書く内容に頭を使うために、しばしキーボードを止めることはあっても、それ以外は打ち続けるというのが、このスピード感となる。

TOEFLのWriting問題2問目は30分の自由英作文、ミニマム300語となっているものの、ネイティブの採点官を意識すると400語は打ち込みたいところ。「30分500語」はTOEFLに限らず、GMAT、GREや留学後のテストでも同様の語数基準でテストが設計されていることを考えると、ネイティブと伍して英語を使う場合のスタンダードなスピード感ということになると感じている。筆者もストップウォッチを使って「30分500語」を目指して練習を積んでいた。

 

ところで、日本人は当然、学校のノートや仕事のノートを日本語で取っている。筆者を含め、多くの留学経験者が採用していた方法は「英語でノートを取る」という方法である。人間が文章を書く場合には、以下のプロセスを踏んでいる。
 1. 書く内容をイメージする
 2. イメージした内容に合致する単語が思いつく
 3. 単語を基に文章構成を考える

Writing練習の前段階として、まずは1と2の作業を高速化することが有効で、そのためにノートを英語で取る方法は実際にかなり役に立つと感じる。「期末営業報告」、「一時休止」、「だらだらしてしまってやる気がでない」、「飲み会で友達を励ました」、などなど、日本語でスラスラ出てくるボキャブラリーが、英語ではなかなか出てこないことを実感するはず。「言いたいこと」を瞬時に、英語に変換できる思考回路を作るために英語のノートテイキングを始めてみることも一案と思う。

 

ということで、5回に渡り「体験的TOEFL(英語)学習法 」をご紹介してきた。最初の投稿「TOEFL、このイマイマシキ難物 」で申し上げた通り、TOEFLは、受験費用が尋常でなく高いことを除けば、恐らく現在人類が開発した中で最良の語学試験と思う。勉強した努力が「あれは何の為だったのか?」と裏切られることがほとんどない、という点で非常に有意義な努力であると確信している。

筆者はとある理由から、最近TOEICを10年ぶりに受験することになったが、実際に受験してみて、難易度としても、問題のクオリティとしても、やはりTOEFLと比較するとかなりのギャップを実感した。大学受験と実践的英語の間の「つなぎ」としてのTOEICの意義は否定しないものの、両者を同列に論じることもまた適切ではないかも知れない。

 

TOEFL、このイマイマシキ難物 、然れどもより本質に迫る試験、というのが筆者の持っている率直な実感である。 

 

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体験的TOEFL(英語)学習法 (4)

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(4) Writing能力とSpeaking能力をどう高めるか
シャドーイングによってListening能力が高まった段階で、WritingとSpeakingの能力開発に進むことが望ましい。重要な点は、リスニング力が中途半端な状態で、WritingとSpeakingに進まないことである。相手の言っていることが聞こえないと、話す内容を考えることすらできないためである。例えば、TOEFLハイスコア(100点以上)対策の観点では、ReadingとListeningの合計点が50点/60点以上になった段階が、Writing、Speaking対策に移る目安と考えている。

 

Writing能力とSpeaking能力に共通していることは、「言える(書ける)ことを増やす」と、「ロジック展開」の2点といえる。

 

日本語では何でも言いたいことが言えてしまうので、多くの人の脳は反射的に「言いたいこと」に向かってしまう傾向にある。一方で、外国語で「言えること」は「言いたいこと」より極めて少ない。一説には読める単語の内、書ける単語は1/3以下、聞ける単語の内、言える単語も同様に1/3以下らしい。Writing、Speakingについては、とにかくこれなら必ず言える、という簡単な表現を、どう器用に組み合わせて、結果的に自分が「言いたいこと」に近づけていくかが重要である。

例えば、「親米的な日本国民は漸増している。」という言いたいとする。親米的は「pro-American」が正確な英語だが、むしろ格調高い表現を考えるよりも、より簡単な表現「Some Japanese people like the United States.」を選択する。そして日本語が一文であるがゆえに、英語もワンセンテンスで言い切ろうとするのではなく、「The number of those people is gradually increasing.」と分解して説明する。

翻訳の過程で生じる意味の欠落を、lost in translationと言ったりするが、かなりのハイレベルに達したとしてもこれは避けられない。こうした意味の欠落は「冗長性」でカバーすることになる。つまりできるだけたくさん言って、意味を補足するイメージ。例えば「親米的」を「like the United States」と表現することにニュアンスのギャップを感じる場合は、第一センテンスを「Some Japanese people like the United States because of its diplomatic policy.」と言い換えることで日本語の「親米的」の中にある政治外交的なニュアンスが出せるようになる。

 

また日本人が思う以上に、英語試験でWriting、Speakingをする場合には、ロジック展開が重要となる。アメリカ人は中学高校で「Five Paragraph Essay」というロジックの型を学び、とにかく徹底して論理的な文章を書くことを教え込まれている。ロジック展開が不明瞭な文章(や発言)は、たとえ言いたいことが意義深いことであっても、極端に評価が低い結果となる。

この「Five Paragraph Essay」という以下形式の論理展開を指している。実はこれはとても便利なフォーマットで、何か主張したいときには必ずこの形式に乗せると、コンピュータープログラミングのように、アメリカ人ネイティブが理解してくれる。

 1. 導入: I think… for the following reasons.
 2. 理由1: First, …
 3. 理由2: Second, ….
 4. 理由3: Last but not least, ….
 5. 結論: 導入部分で言った結論を再度言う。あるいは〆の言葉をつける。

ちなみに理由が3つに収まらない時どうするか?その時は、筆者自身の経験から考えると、無理やり強引に3つに押し込む方が良いと考えている。「理由は3つ」が一番スッと頭に入るらしい。これは恐らく幼少期からFive Paragraph Essayが刷り込まれているから、直感的に「理由は3つ」なのだろう。

 

5つあるパラグラフの各パラグラフは3文前後にまとめるとちょうど良いと思う。また、各パラグラフの先頭の1文は、簡潔にパラグラフのメインの結論を含める。極端にいえば、先頭の1文だけを読んでいって、文章の言いたいことが分かる状態にすることが必要となる。加えて、ネイティブはRedandancy(同じ表現の繰り返し)を極端に嫌うため、文章の前後で同じ表現にならないように、若干表現を変える必要がある。

 

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体験的TOEFL(英語)学習法 (3)

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(3)シャドーイングを続けていくコツ

「体験的TOEFL(英語)学習法 (2) 」でご紹介した4冊の参考書は、内容がアカデミズムで難易度が比較的高い。TOEFL ibtの試験問題のレベルにほぼ一致しているものの、これらの硬派な教材だけでモチベーションを維持できる人は少数派ではないかと思う。音に慣れることが主目的であるシャドーイングの場合、難し過ぎると逆効果になる。

モチベーションを維持する観点で、難度が低い教材と組み合わせた「チェンジ アップ」は効果的である。その観点でお勧めしたい教材は、Graded Readerと呼ばれるネイティブの子供向けの英語本である。以下に挙げた本に限らず、難度のレベルに合わせて非常に数多くの本が出版されている。CDが付属されていることを確認の上で、自分自身が興味を持てる参考書を「厳選」して取り組むことが重要と考えている。


1.【非常に簡単】Barack Obama (Penguin Graded Readers LEVEL 2)
2.【簡単】Beatles (Penguin Graded Readers LELVE 3)
3.【やや難】The Firm (Penguin Graded Readers LEVEL 5)
4.【やや難】Business @ the Speed of Thought(Penguin Graded Readers)LEVEL 6

 

尚、3冊目に挙げた「The Firm」は、ケイマンを使った租税回避とマフィアによる資金洗浄マネーロンダリング)をテーマに描いた小説が原作で、トムクルーズ主演の大ヒット映画となった非常に面白い内容。ビジネス英語に興味のある人にとっては最適な教材である。

 

これ以外にシャドーイングを継続するためのアイディアとしては、テレビ(英語放送)を眺めながら、片耳だけリスニング教材を聞き、シャドーイングをするというものもある。理想的には音のない部屋で100%集中してリスニング教材だけを続けるのがベストであるものの、緩急をつける方法としては、テレビを眺めながら「自然に耳に入る音」を、オウム返しでとにかく長時間続けるというのも有効な方法である。

 

また、リスニングと同時に「適当に」ディクテーションする方法もある。筆者はシャドーイングに気持ちが乗らない時には、こっちを導入部分で良く使っていた。リスニングしながら聞こえてくる英語の好きな部分を、メモ用紙に筆記体で高速でディクテーションしていく方法。全部はディクテーションできないので、好きな部分だけ、適当に書き殴っていく、それでも効果を実感した。手を動かすと眠くもならない。これが軌道に乗ってきたところで、本格的なシャドーイングに移行するようなイメージである。

 

最後に、シャドーイングに限らず英語の学習には「十分な時間の確保」が極めて重要であると感じている。目安としては、平日2~3時間、休日5~7時間で、一週間で合計20時間強が目指すべきミニマムの学習時間と考えている。個人差は当然あるはずだが、逆にこれぐらいの時間が確保できないと、成長の実感が持てないためモチベーションの維持が難しくなると考えている。

中途半端に始めて、挫折経験を持ってしまうよりは、仕事や家庭の状況を事前に勘案の上で、忙しくない時期を事前に狙って、十分な時間を確保して数カ月を走り切る(=目標レベルに到達する)ことが語学の習得には重要ではないかと考えている。

 

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体験的TOEFL(英語)学習法 (2)

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前回の投稿「体験的TOEFL(英語)学習法 (1) 」でご紹介した2冊の書籍を完了すれば、かなり難易度の高い英文でも、他者の助けを借りず自分自身で「精読」の状態で、読み進めていけるようになる。

 

精読できる状態になったところから、リーディング問題、リスニング問題を時間制限内に解けるようになるまでには、大雑把にまとめて、「精読」→「音読」→「速読」→「シャドーイング」という4ステップを必要とすると考えている。

「精読」→「音読」→「速読」の3ステップについては、読んで字の如くであるが、同じ英文を精読し、音読し、速読するプロセスを繰り返す。重要なことは、同じ教材を繰り返し、繰り返し、とにかく繰り返すこと。特に音読の部分が実践している人が少ない、効果の高いパート。また以下ご紹介する通り、「精読」→「音読」→「速読」を繰り返す教材は、その後シャドーイングの教材に使うため、MP3やCDが付属している英文を使用する点も留意が必要。

 

筆者がお勧めしたい教材は、以下4冊である。(一気に4冊取り組むのではなく、どれか気に入った1冊に絞って取り組むべきと考えている。)

1. ETS公認ガイド TOEFL iBT CD‐ROM版
2. TOEFLテスト基本ボキャブラリー2000語
3. 速読速聴・英単語 Core 1900
4. テーマ別英単語academic 初級

 

(2)リスニング突破のため、シャドーイングを実践する

「精読」→「音読」→「速読」の3ステップが、スムーズに繰り返せるようになった英文について、リスニング能力強化のためにシャドーイングに取り組む段取りとなる。

シャドーイングとは、例えばMP3で聞こえてきた英文を、後に続けて声に出して読んでいくトレーニングを意味している。MP3音源よりはコンマ数秒遅れて同じ内容を復唱することになる。

シャドーイングは、元々は同時通訳のプロ養成のためのトレーニング方法であるが、既に英語学習法としては市民権を得ている方法論になっていると思う。この訓練の最も画期的であると筆者が考えているポイントは、「集中力が持続しやすい」ことと、「英語を音のまま理解しやすい」こと。

 

「集中力が持続しやすい」ことは非常に重要なことで、黙って聞いているとどうしても睡魔が襲って来てしまうところ(何度撃沈したことか、、、)、シャドーイングで、次なにが言われるか分からない状態で聞き耳を立てながら、即座に同じ内容を声に出して言う、という環境であれば、流石に起きていられるし、継続することができる。

 

「英語を音のまま理解しやすい」とは、多くの英語学習者が陥りやすい問題を解決してくれる。受験英語からの移行プロセスで、リスニングで難航する最大の要因は、頭を使って英語を聞こうとすること。実は頭を使ってはいけない、むしろ思考停止の状態でダラダラ聞こえてくる英文の意味が「勝手に理解できてしまう」状態が目指すべき状態といえる。

例えば「Groundwater is water located beneath the earth's surface. 」という文章を最初に聞いたときに、読まれている英語の文章を、アルファベットの状態で復元する脳内プロセスが通常入ってしまう。厄介なことに、日本人がアルファベット上で理解している発音は、ネイティブの発音と異なっている。このギャップが実は想像以上に大きく、音を推測する時間分ロスが発生し、ネイティブのスピードについていけない状態を生み出している。

繰り返しシャドーイングをすることで、「ぐらぅんぅおたぁ  ぃず  ぅおたぁ  ろけいてぃっ  びにぃぃす  じ  ぁあしぃず  すぁーふぇぃす」という音の羅列だけを耳にして、言っている内容をイメージできることが理想的な状態である。

 

また、シャドーイング練習のためには、通常のCD音源やMP3音源ではスピードが速すぎるため、スマホアプリ等でスピードを減速して「精聴」するプロセスが不可欠となる。iPhoneの場合は、「語学プレーヤー〈NHK出版〉」が無料で使えて、音源の速度が変更できる。最初のシャドーイングの際には、70%ぐらいの速度で、慣れてきたら100%あるいは、120%に加速するという練習が効果的である。 

 

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体験的TOEFL(英語)学習法 (1)

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TOEFLの件を投稿したところ、ブログを見てくれた友人から「どのように勉強すればいいのか?」と質問を頂いたので、大変僭越ながらあくまで参考まで、TOEFL ibt(英語)の学習法について自身の体験に基づいてご紹介しようと思う。

自身の体験というのは、筆者自身の英語学習の経験と、これに加えて、以前大学時代のサークルの後輩に対して、数ヶ月TOEFLスコアアップのトレーニングを行った体験、またハーバード留学時代の他の留学生から聞いた体験もエッセンスとして含まれているため、筆者自身だけの体験よりは大分一般化されていると思う。

 

TOEFL、このイマイマシキ難物」で検討した通り、現行のTOEFL ibtの特色は以下3点である。
1. Speaking、Writingも含まれた全方位的な言語運用能力を測定するテスト
2. Reading、Listeningすら、大学受験、TOEICと比較して圧倒的に難度が高い
3. 問題のクオリティは高く、試験勉強が「英語の実力」に直結する実感が持てる

 

(1)大学受験の知的財産を最大限生かす

筆者を含めて純ドメ受験生にとって悩ましいところは、Speaking、Writingも含まれている点である。これをもって、日本の英語教育を抜本否定し、奇抜な方法論に走る人もいるかも知れないが、筆者の考えはむしろ「大学受験からのスムーズな移行」をどう実行していくか、というところが最も重要であると感じている。多くの日本の高校生が、多大な労力を掛けて身に付けた「眠れる資産」を効果的に引き出すことの方が、いまさら「ダンスで覚える英語」をやるよりは近道ではないかと思う。


日本の大学受験英語の特色は、近年次第に速読やリスニングの比重が上がっているとは思うものの、ベースにあるのは予備校式の英文解釈と理解している。つまり「精読」である。十分な単語を覚えて、時間を掛けて英文を分解すれば、必ず全ての内容が理解でき、その結果日本語に翻訳できるというもの。実はこれは素晴らしい知的財産で、経験とカンで読むよりは遥かに短期間で難度の高い英文を読むことができるようになる。

 

この観点で筆者がお勧めしたい参考書は、以下の2冊である。
1. TOEFLテスト英単語3800 (TOEFL iBT大戦略シリーズ)
2. 120構文で攻略する 英文和訳のトレーニング

 

「英単語3800」は大学院留学をする日本人に広く普及している単語集。同書の優れている点は、大学受験の単語集からの引き継ぎがスムーズである点である。同書に収められている単語、ランク1からランク4の内、少なくともランク1については、かなり大学受験の単語とオーバーラップしているはずである。

また、単語が列挙され、その横に日本語訳が列挙されるという、いわゆる「受験単語帳」形式になっているところも、日本人には使い勝手が良い。一方で、ランク4の英単語は難易度が高過ぎるため一旦は学習対象から外すべきで、まずはランク1からランク3までの単語を完全にマスターするというのが、同書に取り組む上での目標となる。

 

「英文和訳トレーニング」は英文を精読するために必要な「構文」を120の項目に分類した参考書であり、Z会が制作しているだけあり、同書も大学受験経験者には馴染みやすいと感じる。受験経験者にとっては大部分が既習内容のはずであるが、意外と重要な構文知識が抜けている場合が多いので、同書によって完璧を目指す趣旨である。


基本的には「英単語3800」(ランク3まで)と、「英文和訳トレーニング」を完了すれば、かなりの難度の英文まで「時間さえ掛ければ」精読できるという境地に達するはずである。

 

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TOEFL、このイマイマシキ難物

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筆者は留学時代、ちょうど安倍政権TOEFLを日本国内の全大学の入学試験に義務付ける方針を打ち出したタイミングであったこともあり、エズラボーゲル先生の私塾や、他の日本人留学生の方との会話の中で英語試験TOEFLについて、かなり多く議論させて頂いた。

TOEFLは欧米大学への入学の際に、非ネイティブに課せられる試験で、歴史は古く何十年も続いている試験である。一方で、2005年からTOEFL ibt (internet based test)という最新の試験形態に変更されてからは、試験の難度が著しく高くなった(と言われている)試験である。筆者を含めた純国産日本人の受験生の中には、資源ナショナリズムに似た「言語ナショナリズム」を抱いた人も多かったのではないかと思う。

 

欧米のトップスクールと呼ばれる学校に入学するためには、このTOEFL ibt で100~110点ぐらいを出す必要がある。ちなみに満点は120点である。多くの日本人は、英語試験のベンチマークは大学受験か、TOEICのはずなので、初めてTOEFL ibt 試験問題を開いた瞬間の難度のギャップに絶望感を覚える人も少なくないだろう。就職活動で「英語ができる大学生」のTOEIC目安点が730点とのことなのだが、両者の差は高尾山とエベレストぐらいは違うと感じる。

安倍政権が「TOEFL大学生全員必須」政策を打ち出してから、しばらくは熱い議論が続いた。「全員に必要か?」、「いまの高校教育との比較で、現実的か」、「TOEFL以外にも良い試験はある」など、さまざまな意見が出され、日本のメディアを賑わせた。

 

筆者がボストンで意見を伺った他の日本人留学生の方々の意見の多くは、TOEFL ibtは非常に巧く作りこまれており、Speaking、Writingも含めた実践的な英語力のレベルを測定する試験としては非常にクオリティが高いというものであった。但し、現行の日本の英語教育のクオリティを考えると、難度が高過ぎるため、日本人に「全員必須」が妥当な判断かどうかは意見が分かれていた。

確かにTOEFL ibtの構成は、本当に良く作られた試験であると感じている。良い試験とは高得点を出すことが難しいだけでなく、試験勉強を通じて「ネイティブ度」が高められる試験であると考えると、TOEFL ibtは筆者が見た中では最も良い言語試験であると思う。

結局、留学した後に、「ハーバードの優等生達」で書いたようなネイティブ学生との競争が待っていることを考えると、単に「苦労の先取り」をしているに過ぎないとも言え、「入学後に役に立たない」試験勉強というロスがない分、やっている最中は忌々しいと感じながらも、克服した後振り返ると意味のある苦労だったと感じられる。

 

筆者が伺った他の留学生の方の意見で面白かったものは、日本人は試験マニアであるから、目標(スコア)が定まり、課題を与えられれば、あらゆる手段で工夫を考え、なんとしても結果を出そうとする能力が高い、というものである。明治の商社マン安川雄之助氏の言葉を借りれば、「国民性として知力、器用さ、精神統一の特有性(集中力)」ということになると思う。

いま時点では、イマイマシキ難物と感じるTOEFLも、非常にクオリティが高いという前提で考えれば、いずれは日本人がその国民性をいかんなく発揮して、ハイスコアを叩き出し、その結果日本人の「真の英語力」を飛躍的に向上させる契機となるかも知れない。

そう考えると、実はこの難度の高い英語の試験は、日本にとってのチャンスになると感じている。

 

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日本で忘れられた「地政学」という言葉

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欧米では広く意識されていながら、あまり日本では浸透していない言葉のひとつに地政学(geopolitics)がある。筆者は今後日本において、地政学の必要性が飛躍的に高まると予想している。

 

地政学の学問的定義は、読んで字のごとく「地理学」と「政治学」の融合であり、両者の関係を分析する学問を意味している。一方で、実際の使用頻度から考えると、実務上は、「ビジネス」と「地理、政治、軍事、マクロ経済、歴史、宗教、、、」の関連性を指しているケースが多いと感じている。

例えば金融マーケットでは、中東で戦争が起きることで、関連諸国の産油量が減るという場合に、「中東地域の地政学リスクが高まっている」と一般に表現する。中東の地政学リスク、イコール、資源関連株の買い、エネルギーデリバティブの買い、あるいは(有事の際に買われる)ドル買いという判断が一般的となる。

欧米列強は、東インド会社など帝国主義の時代から、軍隊を動かすと同時に、資源権益や消費市場などの経済権益を確保し、それを本国に収益還元してきた長い歴史を有しており、必然的に「海外ビジネス」を考える中核に地政学を据えていると考えている。

 

恐らく現在ビジネス分野において、最も地政学ノウハウが蓄積されているインダストリーは、ヘッジファンド(+投資銀行)、インフラ関連事業、資源エネルギー関連企業あたりと考えている。ヘッジファンドが地政学ノウハウを活用して、どのように収益に結びつけているかについては、「留学のきっかけ(ヘッジファンドの助言) 」でご紹介した通りである。筆者のケネディスクール留学の動機もこの分野にある。

 

なぜ日本において地政学の必要性が高まると考えているかといえば、中国の台頭と、アメリカの東アジア戦略の変更に起因している。「尖閣問題でアメリカの姿勢が中途半端な理由 」や、「ハーバードで語るアメリカの東アジア戦略」で詳しくご紹介した通り、アメリカの日本に対する国家戦略の見直しが予想されるためである。

筆者の指導教官であるジョセフ・ナイ教授のように、冷戦終結後も日米同盟に対して熱い期待を寄せているアメリカの専門家も依然多く、「アメリカの意志」は必ずしも一本化されている訳ではない。

しかし明らかに冷戦時代に中国を仮想敵国とし、日本を絶対善の防共の壁と位置付けていた時代は終わり、むしろ中国との二大グレートパワー(G2)による安定した世界秩序を目指す意見が増えていることは間違いない。

日本単独の努力もさることながら、米中協調の趨勢次第で、アメリカの日本に対するコミットメントが低下する可能性が高いというのが、ハーバード留学を経て至った筆者の考えである。

 

日本独自のスタンスが必要となる顕著な例としては、中国ビジネスが挙げられる。「アセアンシフトは妥当な判断か? 」で論じたように、日中対立が継続した場合でも、日本企業は魅力的な消費市場の存在が故に、中国ビジネスに取り組まざるを得ない状況に置かれるはずである。

直近の報道でもユニクロ初めとした小売業が、日中関係改善を待たずに業容拡大を意志決定していることが報道されている。消費市場をターゲットにした企業にとって、資本の論理から考えて、中国市場を無視することはできない。

但し、中国においてアメリカ企業と日本企業が置かれる状況は全く異なるものになる。アメリカに同調していれば良い訳ではなく、日本独自の地政学の分析と、その結果としての在外資産の保全策、政治外交の予測、有事の際の対応方針などを立案実行する必要性が生じている。

 

戦前の日本は欧米列強と同様に軍事力を持ち、海外権益を経営していたという点で、現在の日本人よりも、遥かに地政学に対して意識が高かったはずである。海外権益に対するアプローチ方法は、戦前とは大きく異なるものの、底流にある国際情勢を読む地政学の点で、日本は眠れるDNAを持っていると考えている。

 

 

 

尖閣問題でアメリカの姿勢が中途半端な理由

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尖閣問題で、アメリカの姿勢が煮え切らないと感じている方は多いのではないだろうか。日本政府が尖閣は日本領だと主張している以上、同盟国として日本に同調して「尖閣は日本領だ」と言って然るべきと感じるところ、アメリカ政府は領土の帰属は判断を保留にし、「日米安保条約の義務は履行する」と杓子定規な印象の受け答えを貫いている。この中途半端に見えるスタンスの背景には、いくつかの複合的要因が影響していると考えられる。

 

まず「ハーバードで語るアメリカの東アジア戦略(1)~(3) 」でご紹介した通り、アメリカ自身が日本との関係、言い換えると冷戦後の東アジア戦略について「迷い」があると言える。最大の決定要因は、日本との関係ではなく、むしろ中国とどこまで協調関係が築けるか否かであり、中国との良好な関係を作れるとアメリカが判断すれば、尖閣問題について日本に対するサポートは弱くならざるを得ない。

 

次にアメリカ国内の世論として、他国の紛争に干渉すべきではないという意見が強くなっていることが挙げられる。こうした世論形成の最大の理由は、イラク戦争への反省と批判である。アメリカ人の死者を出してまで戦争したにも関わらず、国威高揚に繋がるどころか「独善的国家」として国際的な評価を失墜させた苦い経験があるため、遠く離れた東アジアの紛争に極力関わりたくない、という政策スタンスが生まれている。

 

最後のポイント、これが最も重要であると感じているが、中途半端なスタンスを貫くことで、日本のアメリカに対する忠誠心を強化できることではないかと考えている。日本としては強固な日米同盟が国防上の必須条件となっており、アメリカのサポートは何としても確保しなければならない生命線となっている。

イギリス議会やアメリカ議会ですら反対したシリアへの軍事介入について、当事国世論の結論すら待たずに日本が支持を表明したことは、日本がアメリカにノーと言えない状況に置かれている可能性を示唆している。この見方が正しいとすれば、中途半端なスタンスを通じて、キャスティングボードを握ることで、交渉力を高めていくという作戦は、今のところ奏功していると感じる。

 

 

ソフトパワーという名のイノベーション

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先の投稿「セクシープロジェクトで差をつけろ」では、アメリカ的価値観であるリーダーシップ、イノベーション、アントレプレナーシップは、分野の垣根を越えて考えると共通した能力として捉えられるという見方をご紹介した。

それが技術志向のものか、ビジネス志向のものか、あるいはアカデミズムや、政治経済全般のものかは別として、結局はほとばしる情熱の下に、世間の人々が驚嘆するような「変化」を生み出すことに主眼が置かれている点で共通している。

筆者はハイテクの専門家ではないが、ビルゲイツはwindowsによってコンピューターの概念を変え、スティーブ・ジョブズiPhoneによって電話の概念を変え、マーク・ザッカーバーグFacebookによって友達付き合いの概念を変えソーシャルメディアという産業を作り出したという点において、単なる技術革新の枠を超えて、政治、経済、文化あらゆる分野を包含したリーダーシップであると感じる。また、日本人が作り出したウォークマンやハイブリッドカーにも、同様のリーダーシップを感じている。

 

同様のリーダーシップとして、「ソフトパワー」という概念をご紹介したい。ソフトパワーという言葉は、筆者の指導教官であるハーバード大学ジョセフ・ナイ教授が提唱した政治経済の新しい概念であり、「ハーバードで語るアメリカの東アジア戦略(1)~(3)」でアジア部分をご紹介したアメリカの国家戦略を形作る主要な概念のひとつになっている。スティーブ・ジョブズが、「iPhoneスティーブ・ジョブズ」であるように、「ソフトパワーのジョセフ・ナイ」と認識されている。

ソフトパワーは、軍事力や資金力などのハードパワーに対比される能力としての概念であり、「文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力」と規定されている。

ハードパワー戦略は、シンプルに表現すれば、アメリカの国益に反する国家や人々に対して、アメリカ軍を送り込むぞ、と脅したり、金をやるから仲間になれ、と利害関係だけで協力を引き出す戦略を意味している。一方で、ソフトパワー戦略は、アメリカの理念や価値観、魅力を伝え、長期の信頼を勝ち取り、それをレバレッジしてアメリカの国益を達成する戦略となる。

William Overholt氏の著書「Asia, America, and the Transformation of Geopolitics」に詳細が分析されているが、アメリカが冷戦を勝ち抜き、ソ連を自滅に追いやった最大の勝因は、アメリカ軍が強かったからだけではなく、また莫大な資金を単にばら撒いたからでもない。実際にアメリカは、一度もソ連と戦闘行為を行っていない。むしろ世界銀行やIMFを初めとしたアメリカのソフトパワー機関が、多くの専門家を第三世界に送り、経済開発のノウハウを教え、民主主義のシステムを教え、アメリカの理念や価値観に対する共感と協力姿勢を引き出したことであると理解されている。

 

ソフトパワーは、アメリカ国家戦略に限った話題ではない。経営やビジネスの世界でも、いわゆる「軍隊式」と言われるハードパワーに依拠した古典的なマネジメントスタイルは、既に主流ではなくなっている。

現代においても、ハードパワーは一時的な秩序は生むかもしれないが、「上司である自分に従わないなら、クビにするぞ」や、「ボーナスをやるから倍働け」というだけでは、特に成熟した年齢のビジネスマンのポテンシャルを最大限引き出すことは難しいだろう。経営やビジネスの大きな流れにおいてすら、ソフトパワーという概念が分野を超えて浸透している証左であると考えている。

もちろんアメリカがハードパワーを全く持たない状態、つまり米軍を解散させ、国家財政が破綻するというような極端なケースを考えれば、それでもソフトパワーだけでリーダーシップを示せるかと問えば、答えは間違いなくノーである。ソフトパワーはハードパワーとの組み合わせにおいてのみ最大の威力を発揮する。これはビジネスにおいても言えることで、それなりのポジションや、動かせる資金力、人員動員力が背景にあるからこそ、個人としての魅力や志の高さが生きてくるはずである。

 

いずれにしても、アメリカの一線級の人物達の「コンセプト・メイク」の能力は極めて高いと実感する。筆者の使っているアメリカで購入したiPhoneの裏面には、「Designed by Apple in California, Assembled in China」と書かれている。聞くところではコア部品の多くには、日本製品も使われているようである、、、残念極まりない。「Made in Japan」か、「Made in USA」かを問う時代は終わり、デザインやコンセプトで勝負する時代になっていると実感する。日本やアジアが打ち出すコンセプトはなにかを、アメリカのコンセプト・メイクから学びたい。

 

 

 

セクシープロジェクトで差をつけろ

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セクシープロジェクトで差をつけろ」は、マッキンゼー出身の経営コンサルタントであるトム・ピーターズ氏の洋書「The Project 50 (Reinventing Work)」を翻訳家の仁平和夫氏が日本語訳した書籍である。10年以上前、大学生だった時分に同書を紀伊国屋で手にして以来、自分にとってはバイブルのひとつとなっている強烈なインパクトの書籍である。

 

原書にはセクシープロジェクトについて、こう書かれている。「We don't study professional service firms. (Mistake.) And we don't study WOW Projects. (Worse mistake.) There is, of course, a project management literature. But it's awful. Or, at least, misleading. It focuses almost exclusively on the details of planning and tracking progress and totally ignores the important stuff like: Is it cool? Is it beautiful? Will it make a difference? My No.1 epithet: "On time . . . on budget . . . who cares?" I.e., does it matter? Will you be bragging about it two--or ten--years from now? Is it a WOW project?」

つまり多くの組織で最も力点が置かれているように、計画通りに、予算通りに、ルーティンワークが完了したことで満足するな、と。最も大事なことはそれがクールかどうか、革新を生み出したかどうか、10年後にセクシープロジェクトであったと言われるかどうか、であると。

トム・ピーターズは土木工学エンジニア出身の経営コンサルタントであり、計画通りに、予算通りにプロジェクトを管理する、科学的管理法の専門家のひとりと見なされている。にもかかわらず、クールでセクシーなプロジェクトでなければ意味がない、と断言しているところにある種の矛盾と、同書の最大の魅力があると感じている。

 

筆者がハーバードに留学していた際に最も多く耳にしたキーワードは、「リーダーシップ」、「イノベーション」、「アントレプレナーシップ」である。思うに、この3語にはアメリカの魂と自尊心が込められている。

ハーバードは教育機関であるので、教育を通じてこうした能力をどう開発できるのかを研究し、また教育として実践している。これは前の投稿「リーダーシップは教育できるか?」、「イノベーションは教育できるか?」で詳しくご紹介した通りである。

こうした能力は、先天的な資質や、大学入学前あるいは大学卒業後の人生経験における影響が極めて大きく作用していることは想像に難くなく、果たして大学教育でどこまで能力開発できるかどうかについては、自ら標榜しているハーバードですら確信に至っているとまでは言い難い。

但し明白な点は、「リーダーシップ」、「イノベーション」、「アントレプレナーシップ」は、詰まるところ、「セクシープロジェクト」を目指したものという点で共通しているということである。それが技術志向のものか、ビジネス志向のものか、あるいはアカデミズムや、政治経済全般のものかは別として、結局はほとばしる情熱の下に、世間の人々が驚嘆するような結果を生み出すことに、アメリカ的な価値観が集約されているのではないだろうか。

 

他の場所でも論じられていることであるが、ハーバードの卒業生の進学先として有名ブランド企業に入社することは、それ自体ではそれほど高い称賛を得られない。有名ブランド企業で出世して、運良く偉くなったとしても、結局地位の問題ではなく、「なにを成し遂げたのか」に力点が置かれているといえる。

むしろ大学をドロップアウトしてアップルを創業したスティーブ・ジョブズや、マイクロソフトのビルゲイツ、マーク・ザッカーバーグこそ、無の状態からセクシープロジェクトを生み出したアメリカの価値観を体現している人物として、極めて高い人物評価となっている。これは政治家のキャリアや、それ以外の分野の人物についても共通した価値尺度である。

 

一方で、アメリカにはセクシープロジェクトのために血道を上げている、極めて優秀なリーダー予備軍が無数にいて、日々能力を高めながらせめぎ合っている。日本人、あるいはアジア人の立場で、「世界に挑戦」するためには、英語でアメリカで学ぶだけでは、多くの場合競争相手の後塵を拝するのが関の山ではないだろうか。

むしろアメリカ人が不得手としながらも、非常なる興味関心を寄せている中華圏含めた東アジア( 「中国」という魔法の言葉)の専門性を深堀りしながらセクシープロジェクトに取り組むというのが、最大のインパクトを追求する方策のひとつであり、事実、こうした認識の下で、数多くのハーバード卒業生である日本人や中国人が、アメリカとのコネクションは維持しながらも、仕事の主戦場としては東アジアに戻って「勝負を掛けている」と感じている。